実際に完成した信号灯器の薄さは、従来のものの庇部分より薄い、信号柱に隠れるほどのもの。極限まで薄くするために最も注力したのが、後面にあしらった楕円形のデザインです。従来の角張っていた後面に丸みを持たせたことで、角の部分の体積をそぎ落としました。これにより、まず物体としての圧迫感が少なくなった。人間の目に入ってくる視覚情報は、丸みを帯びる手前の部分が中心です。人間の視覚構造を踏まえたうえでも、薄さが際立つデザインになりました。

信号灯器そのものが大きい物体であるという印象を持つ人は少ないでしょう。でも、それはいつも見上げているからで、地面に置いて間近で見ると想像以上に大きい。だから、単に後面が平べったいものだと、間延びした印象になる。それを防ぐために、縦に流れる5本の線を入れ、スッキリした印象になるようにデザインしました。

信号灯器の正面は、余分な輪郭線を削って整え、光がよく見えるようにしています。しかし、そのほかのデザイン的な工夫は後面に集約しました。横断歩道を渡る前、私たちは正面にある信号の光を見ていますが、自分の立っている側にも信号灯器は設置されています。つまり、横断歩道を渡る前後、信号灯器に一番近づくときに見えるのは、後面です。にもかかわらず、これを見た記憶がある人は少ないでしょう。意識されないことこそ、風景に溶け込んだいいデザインの証拠なのです。

30%軽くして全国シェア30%を達成

2006年に発売。現在、歩行者用信号灯機で全国シェア30%、累計7万8000灯を設置。サイズ縦約700mm・横約370mm・奥行き・約200mm。重さ約9kg。従来の信号機の約70%の軽さを実現した。写真右は銀座4丁目和光前の信号。そのほか、全国に設置されている。

秋田 道夫(プロダクトデザイナー)
1953年、大阪府生まれ。ケンウッド、ソニーを経て、88年に独立。代表作にデバイスタイル「サーモマグコーヒーメーカー」、トライストラムス「IDカードホルダー」。生活家電・雑貨のほか、六本木ヒルズのセキュリティーゲートなど、公共機器も多数手がける。
(構成=矢倉比呂 撮影=佐藤新也)
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