2015年1月16日(金)

なぜ、名古屋の町工場が世界一の「鋳物ほうろう鍋」を開発できたのか?

dancyu 2013年1月号

文・中沢明子 撮影・岡村昌宏、鈴木浩介

「バーミキュラ」の人気が沸騰している。「どんな鍋よりもおいしくつくれる鋳物ほうろう鍋」として評判を呼んでいる。

一見、競合他社のカラフルな鋳物ほうろう鍋と似た印象だが、どこがそんなに違うのか。

詳しくは後述するが、バーミキュラは極めて高い完成度で無水調理ができる、世界唯一の鋳物ほうろう鍋なのだ。まずはこの鍋が開発された経緯を含めて順に追っていくことにしよう。

バーミキュラを開発したのは、名古屋市の「愛知ドビー」。キッチン用具メーカーとして聞き慣れない名前だが、一体どんな会社なのか。

愛知ドビーの創業は1936年。従業員数55名の、いわば町工場だ。かつて、この地域が繊維産業で栄えていた頃は「ドビー織り」という模様を織る繊維機械をつくるメーカーだった。しかし繊維産業が衰退してからは、船舶やクレーン車といった産業機械の鋳物部品の製作にシフトする。鉄を溶かして型に入れて成型し、それに穴を開けたり削ったりして部品に仕上げ、大手メーカーに納品する。いわゆる下請けの鋳物業者だ。

「昨今は取引先からのコスト削減要求が厳しく、このままでは会社が潰れる危険性に脅かされるようになってきた。生き残るための次の一手を探らなければならなくなったのです」

そう語るのは社長の土方(ひじかた)邦裕さん。邦裕さんの前職は豊田通商の財務部門に勤める為替ディーラー。「半ば父に騙されて」社長を継いだのが2001年。家業については素人同然だったため、専門書を読み込んだり社外の諸先輩に教えを請うたりして、知識と技術を自らに叩き込んだという。

「下請けである以上、仕事がなくても、図面をもらうのをじっと待つしかありません。やがて、ドビー織り機械を製造していた頃のように、独自商品を持つ“メーカー”に返り咲きたいと思うようになりました。そうすれば、販売方法も含めて世の中に積極的に仕掛けていくことができる」

家業再生の方向性は見えた。しかし、その独自商品とは一体何なのか――。

「新規事業に投資するお金も時間もないので、うちがすでにもっている技術や強みを生かすしかない。必然的にそれは『鋳物商品の何か』です。社運を懸けるのにふさわしい、唯一無二の付加価値のある商品を早急につくる必要がありました」

大きな転機は06年に訪れた。トヨタ自動車の経理部門にいた弟の智晴さんが退職し、専務として合流したのだ。兄弟二人三脚の日々が始まった。

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中沢 明子

1969年、東京都生まれ。編集者を経て独立。女性誌、ビジネス誌を中心にインタビューやルポルタージュ、書評を手がける。著書に『埼玉化する日本』、共著に『遠足型消費の時代』、プロデュース本に『ケチケチ贅沢主義』など。