ますい志保

1968年、神奈川県生まれ。13歳からタレント活動を始めるが家族離散で15歳から自活。簡易宿泊所暮らしなどの紆余曲折の末に明治大学文学部を卒業する。その後、縁あって銀座に“就職”。94年、双子の妹、さくらとともに、銀座に会員制クラブ「ふたご屋」を開店した。2003年に子宮癌を発症したが、無事快癒。波瀾万丈の人生経験を綴ったエッセイはベストセラーとなった。現在は小説執筆に情熱を注ぐ。処女長編『ブラック・シャンパン』は“平成の『黒革の手帖』”と評され注目を集めている。


 

 美味しいものを食べるよりも美味しくものを食べたい。そう著作に書いたことがあります。

もちろん、美味しいものを美味しく食べることが最高です。ということで、文句なしに素晴らしい2店を紹介させていただきました。どちらも味のよさはもちろん、お客をもてなす心にあふれています。クラブのママとしての勉強にもなりますし、一人の客としてもとても豊かな気持ちになれる店です。

家庭の問題などいろいろとありまして、15歳で妹と一緒に自立しました。食べることもままならず、ずいぶんと苦労してきました。レトルトのカレーなどは滅多に食べられないご馳走で、1袋をお湯で倍に薄めて二人で分け合ったものです。

そういう経験があったせいか、銀座で勤めだした初日、お客さまになにかご馳走してやると言われて、「カレーライス」と答えてしまって。テーブルの下で、先輩のお姉さん方から“草履キック”が飛んできましたね(笑)。ここは「お寿司」と言わなければいけません。当時、私が思い浮かべるご馳走はカレー、おでん、焼きそばだけでした。

そんな感じの銀座デビューだったものの、エネルギッシュに働きました。高級なものでもそうでないものでも、なんでも美味しくいただき、仕事を頑張る。ご飯が食べられない苦しみ、ひもじさの経験は、経済的に潤うようになってからも決して消え去るものではありません。だから、いつだって食事のシーンは楽しいこと、ありがたいことなのです。そして、一人で食べるよりも、みんなでにぎやかに食べるほうが気持ちがいいのですね。

仕事柄、いろいろな人を見る機会に恵まれました。強い人、成功する人を見ていますと、「たくさん、美味しく食べてきた人だな」と感じます。なにを食べてきたかではなく、いかに多くのテーブルを囲んできたか。強い人、成功する人は「つなぐ」ことの大切さを知っています。だから異なった職種の人どうしをつないだり、他の部署を巻き込んだりして、より豊かで大きな仕事ができるのでしょう。敵対する人でさえ味方に取り込んでしまう度量を持っているのですね。人と人をつなぐ一番の場所は、会議室ではなく、お皿の載ったテーブルだと思います。

多くの著作を出させていただきまして、いまは小説執筆に勤しんでいます。机に向かう孤独で苦しい作業ですが、長編を脱稿したときの打ち上げは、やはりこういう店にということになりますね。素敵な場所で美味しく食事ができると思えば、やる気がわき上がってきます。

私の店も、お客さまにそう思っていただける素敵な場所に──そう思いますね。