【孫】私が将軍を尊敬するのは、将軍がコミュニケーションを大事にしているからです。相手への敬意を忘れず、意見の違いがあっても、相手の言い分に真剣に耳を傾け、協力関係を築こうとする。愛がある、と感じます。

【パウエル】自分のキャリアの中でずっと心がけてきたのは、最良のスタッフを周囲に置くことと、彼らの意見に耳を傾けることです。統合参謀本部議長になったときも、私はしょっちゅう部下や現場のスタッフを執務室に呼んで頼んだものです。

「君の意見を聞かせてほしい。この件については、私より君のほうが詳しい。私を喜ばせようとせず、率直な考えを述べ、必要なら私に反論しろ。そのために君を雇っているんだから」と。

一方で、意見は聞くが、決断を下すのは私だということも明確にしていました。執務室を出たあとは、私の決断した内容を全力で実行することを、部下に求めました。もちろん、決断を修正しなくてはならない情報が出れば、いつでも耳を傾けます。

【孫】将軍が常に現場の人、たとえば国務省の地下駐車場の移民労働者にまで気を配っていたとの話をお伺いし、感動しました。あなたは将軍になっても、彼らのような末端で働く人を忘れず、常に敬意を持って接しています。

【パウエル】私もそうした人々の中で生まれ育ったからです。ブロンクス時代の友人たちとは、今も連絡を取り合っていますよ。

【孫】私のルーツも同じです。

先日役員フロアのトイレに入ると、清掃係の女性がいました。彼女は素晴らしい笑顔で、「おはようございます」と私に声を掛けてくれました。

そのとき私は、自分の母親のことを思い出したんです。懸命に働いて、私を育ててくれた母を。私は手を洗ってすぐ彼女の所に戻り、握手しながら「ありがとう。ありがとう」と言わずにはいられませんでした。

【パウエル】わかります。私もそんな経験が何度もあります。大勢の人に来賓扱いされているようなときでも、私はできるだけ、末端で働く人々に歩み寄り、握手するようにしています。人間としての彼らは、「末端」でもなんでもありませんから。

彼女はあなたと握手をしたことを忘れないでしょう。あなたも忘れてはいけませんよ。

※本稿は、2014年6月18日開催のソフトバンクアカデミア特別講義 コリン・パウエル氏×孫正義氏対談「リーダーを目指す人の心得」(ソフトバンク主催)を、プレジデント編集部の責任において要約・再構成しました。

Colin Powell(コリン・パウエル)
1937年、ニューヨーク市生まれ。大学卒業後、アメリカ陸軍に入隊。黒人初の4つ星の大将に。国家安全保障問題担当大統領補佐官、統合参謀本部議長を務め、2001年にジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官。著書に『リーダーを目指す人の心得』(飛鳥新社)。
(川口昌人=構成 小倉和徳=撮影)
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