あえて選択した最も苦しい化学療法

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意外と知らない肺がんの治療費

肺がんの術後補助化学療法で一般に使われている抗がん剤は複数あり、そのなかから選びますが、実はどの薬が最も効くのか、よくわかっていません。抗がん剤の効果を比較した、信頼できる臨床試験が少ないからです。私がシスプラチンとビノレルビンを選んだのは、肺がんの治療で最も広く使われ、実績があるうえに、脱毛の副作用が少なかったからです。すでに職場復帰していて、脱毛を避けたかったのです。

一方で、この薬は吐き気などの副作用が強く、最も苦しい化学療法といわれています。しかし、医師である自分もあえて苦しい体験をすることで、患者さんの気持ちに少しでも近づきたいと思いました。実際に、投与開始から4~5日は、つらくて体が動かせませんでしたが、吐き気のほうは、ステロイド剤と新しい制吐剤でうまく抑えることができました。

さらに、友人の医師たちに相談した結果、11年2月からは「イレッサ」の服用も始めました。がん細胞の特定の分子を狙い撃つ「分子標的薬」という抗がん剤の一種です。とくにEGFR陽性という遺伝子異常(細胞の表面に上皮成長因子受容体が過剰に現れ、細胞が増殖しやすい)のあるがん細胞によく効きます。私のがん細胞は強いEGFR陽性とわかり、イレッサでも叩いておいたほうがいいと判断しました。ただし、術後補助化学療法としては保険適用外のため、1カ月約20万円の薬剤費は全額自己負担です。本当は2年間の服用が望ましいとされますが、半年間の服用でやめました。

肺がんの治療法は、日進月歩で医師も常に勉強が求められます。ご紹介したように、同じ患者さんでも化学療法の選択肢が何通りもあったりします。手術にしても化学療法にしても、治療効果もさることながら、体への負担はどうなのか、どんな副作用や後遺症があるのかといったこともわかるまで聞いて、主治医とよく話し合ってから決めることをお勧めします。また、化学療法を働きながら続けたいとか、外見に現れる副作用は避けたいといったように、自分のライフスタイルとニーズをきちんと伝え、それに適した治療法を選んだほうがいいでしょう。

私は肺がんになったことで、さまざまなことを学ぶこともできました。たとえば、がんの診断・治療には、家族や友人、医療者の支えがどれほど心強いのかも、身にしみてわかりました。また、男性は仕事を続けることで、治療に対する戦闘意欲が湧くのではないでしょうか。おかげさまで、治療後の経過は順調です。これからの人生は与えられた天命と考えて、がんの体験を医療に生かし、世の中に広く伝えていきたいと考えています。

岩手医科大学教授 杉山 徹
1952年生まれ。久留米大学医学部卒業。同大の助手、講師、助教授を経て、2002年から岩手医科大学医学部産婦人科学教室教授を務める。日本産婦人科学会理事、日本癌治療学会副理事長なども兼任。患者が参加する医療、患者中心の医療をいち早く提唱し、その実現に取り組んでいる。
(野澤正毅=構成 南雲一男=撮影)
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