「健康とは第一の富である」と言ったのは、アメリカの思想家、エマーソンだ。もちろん誰にとっても大切な健康だが、とりわけ経営の舵を握る企業トップのそれは、個人、家族だけの問題に留まらない。高級靴メーカー「マドラス」のトップである岩田達七社長に、健康の秘訣、その管理術などを聞いた。

動きながら考える
だから体が資本

岩田達七●いわた・たつしち
マドラス株式会社 代表取締役社長
1950年生まれ。73年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、マドラス(旧アジア製靴)に入社。2010年に代表取締役社長に就任。

「心身が充実していないと、いいアイデアも浮かんできません。新たな着想を得て、それを形にしていく──。その基盤となるのが万全な体調ですね」

“経営者にとっての健康とは?”という問いに、マドラスの岩田達七社長はこう答える。社長就任以降、新ブランドの立ち上げや新分野の開拓に注力している岩田社長。固定観念にとらわれない発想は、事業運営の大事な推進力だ。

「30ほどあるブランドの差別化戦略や直営店での靴の見せ方、売り方など、おかげさまで考えなければならないことはたくさんあります。特に私の場合は、机にじっとしていてもアイデアが出てこない。動きながら考えるタイプなので、その意味でも体が資本です。各地の店舗や、全国の主要都市で春と秋に行われる展示会などに足を運ぶことで、やりたいこと、やるべきことが見えてきますね」

無理をせずに
「できる範囲で」が大事

そんな岩田社長の健康管理の基本は食事だ。朝食は野菜とヨーグルトが中心で炭水化物を摂らないことも多い。昼は主に外食で中華やパスタなど好きなものを食べるが、夕食も自宅で摂る場合は野菜と魚が中心だという。

「特別なことはしていませんが、毎年の人間ドックの結果はまずまず良好。血液検査の各種数値も、大きな問題はありません。30代くらいまでは、飲み過ぎ、食べ過ぎで太り気味の時期もありましたが、40、50代以降は体重もほぼ一定していますね」

と、まさに理想的だが、実は最近、一つだけ気になることがあるという。

「このところ、夕食の後に甘いものがほしくなるんです。若い頃は、あまり和菓子などに興味がなかったんですが、最近はまんじゅうがとてもおいしい(笑)。体が求めるものを食べること自体は悪くないんでしょうが、何もしないままだと肥満などにつながらないか、少し心配です。いまはドラッグストアに、余分な栄養成分の吸収を抑えてくれる商品なども並んでいるので、よく利用させてもらっています」

トクホをはじめとする健康補助食品が便利なのは、何より手軽なことだ。自然に、普段の生活に組み込むことができる。

「無理なく続けられるかどうかは、確かに大事。私には、食事のほかにもう一つ健康法があるんですが、それは腰のストレッチ。かつて腰痛に悩まされたことがあって、それ以来、10年以上は朝晩続けています。ただこれも、10分程度の簡単なもので、苦にならない程度で取り組んでいます。同様に、食事の節制についてもできる範囲で、細かくルールを決めたりはしませんね。出張や会食も多いですから、仮に決まりをつくっても、常に守るのは難しい。そうしたなかでは、“賢者の食卓”などを上手に活用するのも、賢い方法だと思います」

正しい現状把握が
「継続は力なり」の前提

継続は力なり──。岩田社長の健康管理の信条だが、それはそのままマドラスの経営にもあてはまる。

創業から90年を超える歴史を持つマドラスのブランドメッセージは、「本物の履き心地」だ。口で言うのはたやすいが、それを実現し、顧客から認められるのは簡単ではないだろう。

「大正10年の創業以来、私たちはイタリアの靴づくりの伝統を踏襲しながらも、日本人が求める履き心地や機能性を追求してきました。そこには確かに、脈々と受け継がれてきた技術があります。近年は、カジュアルシューズなど新しい分野の商品も手がけていますが、それも熟練の技があってこそマドラスらしさを打ち出せる。確かな技術の継承が、当社の事業の根幹を支えているのです」

戦略とは、戦いを略すること。何を行い、行わないかを決めることだともいわれる。マドラスにおけるそれは、靴づくりに特化し、一途に本物だけを追い求めることだろう。しかしながら、市場は変化し、顧客のニーズは多様化する。そのなかで、ぶれずに理念を貫くポイントはどこにあるのだろうか。

「当然かもしれませんが、一つには常に“いま”の状態を正しく把握し、それに合わせた行動をすることだと思います。まさにこれも、経営と健康管理の共通点。無理をすれば、必ずどこかに歪みが出ます。変化する状勢をきちんとつかむことができれば、自ずと何をすべきかも明らかになってくる。継続は力なり。その重要な前提は、何より正確な現状把握ではないでしょうか」