写真左:ジャーナリスト 大野和基氏 写真右:ポール・クルーグマン氏

ロシア経済は初期のプーチン政権時代は年平均7%ほどで成長していたが、その勢いはなくなった。プーチン大統領が権力を維持できた背景には、一因としてロシアが急速な経済成長を達成できたことがあるが、ロシア経済が失速すればその権力基盤が揺らぐことになりかねない。クリミアへのロシアの介入は、プーチン大統領が自分の権力基盤を守るためにやったというのが私の見方である。これはロシアに限ったことではなく、国家の指導者が政治的な打算で、戦争という手段に訴えることはよくあることだ。アメリカのブッシュ前大統領が「対テロ戦争」を始めると支持率は急速に上昇し、プーチン大統領の支持率もウクライナ危機以来上昇している。

私が頭に描く理想のシナリオは、アメリカではオバマ大統領が共和党に妥協しながら、政治的膠着を避け、今調子がいい米国経済をさらに成長させることで、それが世界経済を長期停滞から救う助けになる。欧州経済はドラギECB総裁が黒田氏と同じようにさらなる追加緩和を用意しているとほのめかしたので、最悪の状態になることはないだろう。

日本ではまずデフレから完全に脱却することだが、その初期症状である物価は円安の影響もあって上昇している。この現象自体は予想通りのことだが、賃金上昇が伴わないとデフレマインドに逆戻りする可能性がある。こういうときに消費税増税第二弾を実行することは絶対にやってはならないことである。賃金上昇は中小企業を含め、企業全体で起きないと格差がますます広がるので、低迷が続くことになる。空母から戦闘機が離陸して、安定飛行に入るには最初の脱出速度が一定の速度に達していないといけない。やっと脱出できたとしてもそのあと安定飛行に達するには賃金上昇と国民がインフレマインドになることが必要である。そのためには賃金上昇が物価上昇を上回る状態が、できるだけ早くこないといけない。長引くとアベノミクスに対する信用がなくなり、政策そのものが水泡に帰する。世界は日本の状態を見守っているのだ。

私は13年5月24日付のニューヨーク・タイムズに「モデルとしての日本」というコラムを書いた。そこで私は「ある意味では安倍政権によって採用された金融・財政政策刺激策への急転換である『アベノミクス』について本当に重要な点は、他の先進国が同様の政策をまったく試していないということだ。実のところ、西洋世界は経済的な敗北主義に圧倒されてしまったように思われる」と書いた。アベノミクスというどの国も試したことがない政策実験が奏功すれば、それは同じような状況に陥った国に対しても意義ある示唆になるはずだ。私はアベノミクスの成功を日々本当に祈っている学者の一人だが、日本から学ぶものは何もないと思い込んでいた欧米の学者たちもアベノミクスの行方を固唾をのんで見守っている。

ポール・クルーグマン
1974年イェール大学卒業。77年マサチューセッツ工科大学で博士号を取得。2000年よりプリンストン大学教授。大統領経済諮問委員会の上級エコノミスト、世界銀行、EC委員会の経済コンサルタントを歴任。91年にジョン・ベイツ・クラーク賞、08年にノーベル経済学賞を受賞。
(常盤武彦=撮影)
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