「タイ・プラス・ワン」が加速する理由

東南アジア諸国間におけるこのような経済発展レベルの相違、すなわち、賃金の相違を利用して、労働集約的な工程と資本集約的な工程を国際的に分業することが可能となっている。タイの生産拠点を中心とする生産工程の一部を隣国のCLMV諸国に移すことによって生産効率のより高い生産工程が東南アジア域内につくられつつある。とりわけ、低賃金国のCLMV諸国に労働集約的な生産工程がタイから移されつつある。このように、タイの生産拠点から、そのなかの労働集約的な生産工程を低賃金国のCLMV諸国に移すことによって、より効率的な工程間分業が確立することになり、このような動きが「タイ・プラス・ワン」と呼ばれる。

CLMV諸国の視点から直接投資の受け入れを見ると、日系企業がこれらの国へ直接投資によって進出するパターンは以下の3つが想定される。第一は、円高や日本における相対的に高い賃金による国内での生産コストが高いために、あるいは、CLMV諸国の将来の潜在的に成長しそうな消費地を狙って、日系企業が日本から直接CLMV諸国に進出するものである。第二に、チャイナ・リスクを回避・軽減するために、中国に進出した日系企業が中国からCLMV諸国へ生産拠点を「チャイナ・プラス・ワン」として移転させるものである。第三に、「タイ・プラス・ワン」としてタイの生産拠点の生産工程のうち、労働集約的な工程をCLMV諸国へ移転し、クロスボーダーな工程間分業を目指すものである。CLMV諸国への直接投資は、これら三つのパターンの混合になっているものの、近年、「タイ・プラス・ワン」による直接投資の拡大が強調されている。

直接投資を誘引する要因としては、直接投資(設備投資)による物的資本蓄積によって生産性が効率よく高まることである。この生産性向上に影響を及ぼすのは、他の生産要素の蓄積状況である。他の生産要素とは、第一に労働者である。労働者の量的要素も重要であるが、需給関係の量的要素と密接に関係する賃金水準、そして、労働者の質的要素も重要である。第二に人的資本である。人的資本とは、具体的には教育水準であったり、職業訓練による習熟度である。例えば、どんなに最新のOS、ウィンドウズ8を搭載したパソコンを大量に労働者に装備しても、それを使いこなせない、すなわち、高い人的資本が装備されていない労働者には、無用の長物となり、直接投資は生産性を高めないであろう。

さらに重要、かつ、不可欠な要素は、工業用地や電力や上下水道など、生産活動を円滑に行うための基盤(インフラストラクチャー)、すなわち社会資本である。3年前の東日本大震災後にしばらく我々も計画停電を経験したが、その際に計画停電が生産活動に大きな悪影響を及ぼしたことは記憶に残っている。発展途上国においては、計画停電はもちろんのこと、無計画に突如として停電となることがある。自家発電機で対応できるほど消費電力の少ない縫製などは対応可能であろうが、停電が起こりうる場所には、大量の電力を消費しなければならない工場を建てて、生産活動を円滑に行うことは難しい。多くの発展途上国では、これらのインフラストラクチャーが十分に整備されていないために、直接投資を誘引する際の制約となることが少なくない。実際問題として、ミャンマーでは、停電など電力供給が不安定であるために、大量の電力を必要としない縫製などの軽工業に限定される傾向にある。