昨年、出版された本で『アーティスト症候群』(大野左紀子著/明治書院)という本があります。東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業後、アーティスト活動をしてきた著者が「アーティストとは何か?」を考え続け、最終的には創作活動を辞めてしまう、という結末の本で、話題になりました。サブタイトルは「アートと職人、クリエーターと芸能人」となっているのですが、私自身の読後の感想は、勇気が湧くというよりは、若干、気分がダウンするような本でした。彼女が最終的にアーティストを辞めてしまったということが、そういう気分になった原因です

“芸能人アーティスト”をとりあげた『アーティスト症候群』(大野左紀子著/明治書院)
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“芸能人アーティスト”をとりあげた『アーティスト症候群』(大野左紀子著/明治書院)

けれども、あとがきに「何も手を動かさないわけではなく、電話で人と話しながら、私の右手は傍らのメモ帳にさまざまな模様や人の形を描く」という部分を発見して、少しほっとしたことを覚えています。著者は、芸能人アーティストとして、片岡鶴太郎や八代亜紀、工藤静香、藤井フミヤなどを挙げて、辛口で批評しています。

先日、講演をしている時に質問があり「芸能人アーティストの中で、山口さんが評価する人は誰ですか?」と聞かれました。一見単純に見えるこの質問は、けっこう手強いのです。過去にも数回同じような質問を受け、具体的な名前を挙げ、興味があるポイントに加え少し辛口のコメントをしたのですが、直後にメールでの抗議を受けました。質問者がブログに私のコメントの辛口部分だけを抜粋してストレートに書いたからでした。逆に質問者のブログで「山口さんは褒めていたけれど、どこがいいんだろう」といった、反論をもらうことも珍しくありません。自分の好きな芸能人の悪口を聞いたら、怒るのは無理もありませんが、私の言いたかった事を曲解されてしまうのは、ちょっと困りものです。

芸能人に対するファン心理は複雑なものがありますので、褒めても辛口でも何か必ず反応が起きます。ましてや本当は芸能人アーティストを快く思っていない人が私の辛口の部分だけ取り上げて「山口がこう言っていた」といって批判することがあるのはフェアではないと感じています。芸能人であってもなくても、作品のクオリティが高く、表現の中に新しさを感じる作品が面白い作品だと私は思います。

最近、特に、絵を描いたり、立体作品を作ったり、また写真を撮ることを趣味にしている芸能人は明らかに増えていると思います。島田紳介さんが司会をするテレビ番組で、芸能人の作ったアート作品をチャリティーオークションにしてファンの元へ届け、その利益でアジアの国に学校を設立するプロジェクトというのがあります。初めて絵を描いた人がオークションに出品し、その作品に値段が付く。チャリティーだということや芸能人が描いたということを差し引いても、ちゃんと買う人がいてコレクションされていく。これがアートの売買の基本で、それをテレビを通じて多くの人々が見て刺激を受け、興味を持つ。芸能人で作品を作ってみようという人も出てくるでしょうし、芸能人の皆さんは、流行を作る人、トレンドセッターですから、現代アート業界にとっては、良いことだと思います。まずは、アート作品に興味を持ってもらうことが必要ですし、テレビ番組で、アート作品を買うアクションを見ることは新しい刺激として、きっと良い影響があるのでは、と思うからです。