医師が成長できる場所

ちなみに医学部へ普通に入った学生さんや研修医は、ここで日々繰り広げられているようなアウトローな世界を全く知らずに医師になることが多いんですね。待たされて怒鳴る人、お酒をいつも飲んでいくら言ってもやめない人、路上に生活している人……。そうした人々とやり取りしながら、一緒にいる他の医師や看護師、事務のスタッフとスムーズにやり取りをかわして、一人の知恵を2倍、3倍に変えていくことは臨床の現場で人と人との関わりあいから学ばなければならない救急医の技術の一部です。

そして、そのような現場から常に何かを学べて、やりがいを感じられる医師は救急医に向いていると思います。

研修医にとって救急での臨床は必修なので、どの医師も必ず一度は経験するんです。私は医師になって9年目ですが、救急部は本当に若い医師を育てるいい場所だなと思います。最初は不安げな顔でもたつきながらやっていた子たちが、本当に面白いほど変わるんです。1年も経てば後輩をしっかりサポートできる自信がついて、それからさらに時間が経つと自分に自信が出てくる時期があり、さらにいろんな患者さんを診ることでまた謙虚になっていく。医師というのはこうやって育っていくんだ、ということを目の当たりにできる場所でもありますね。

私がそうした研修医の成長する姿に興味があるのは、将来的に医学教育という分野の研究をしたいと考えているからなんです。医学教育は医学生や医師の育成教育方法などを体系化する分野で、いずれはその道に進みたいと思っています。

東京慈恵医科大学救急部 及川沙耶佳(おいかわ・さやか)
1981年生まれ。2006年に旭川医大を卒業。06年から札幌渓仁会病院、09年から11年までは沖縄の県立北部病院に勤務する。その後、ハワイ大学医学部シミュレーションセンター研究助手、2013年1月から慈恵医大救急部に勤務。

稲泉 連=構成 向井 渉=撮影