父を助けたい一心で心臓外科医を志す

しかも、医師が扱うのは人の命です。私は、平日は毎日2~4件の手術を行っていますが、心臓にメスを入れる手術であり一つ間違えば患者さんの命にかかわります。1回の手術の結果が、患者さんとその家族の人生を左右するわけです。だからこそ、常に全力を尽くし、恩に報いる努力を日々惜しんではいけないと考えています。

私自身は、高校時代に父が心臓弁膜症を患ったことから、とにかく父を助けたい一心で心臓外科医を目指しました。父は3度の手術を受けましたが、2度目の手術には私も第一助手として立ち合いました。そのとき入れた人工弁が適合せずに、父は3度目の手術を受けることになり、術後合併症を次々起こして1週間後に帰らぬ人となりました。当時35歳だった私は、心臓外科医として父を救えなかった罪悪感と敗北感、無力感に打ちのめされました。それ以来、「同じ過ちは2度とするな」と父が言っている気がして、誰も悲しませたくない一心で技術を磨いてきたのです。

医学部の学生や医局員に聞いてみると、私と同じように身近に病気の人がいたり、自分自身や家族が医師たちの協力で病気を克服できたりしたことが医師を志すきっかけになっている人は少なくありません。医学部を志す人は、胸に手を当て、「第一線の医師になったとき、自分のことより何より患者さんのことを優先して治療にまい進する情熱があるか」考えて欲しいと思います。高い志を持ち、努力を惜しまない覚悟で医師を目指す人が増えてくれるのなら、こんなに嬉しいことはありません。

2012年2月に天皇陛下の心臓外科手術を執刀させていただいて以来、テレビや雑誌などのメディアに出る機会が格段に多くなりました。最近特に思うのは、目標とされる医師になるために、一人でも多くの患者さんを助ける努力をすると同時に、啓発、執筆活動でも日々精進しなければならないということです。

私と同じくらいの世代の男性の多くは、長嶋茂雄さんや王貞治さんの活躍を見てプロ野球選手を目指しました。いまなら、本田圭介選手や錦織圭選手のプレーをテレビで観て、プロサッカー選手やプロテニス選手を目指している子供たちも多いでしょう。しかし、医師となると、医療界では非常に有名な先生でも一般の人には意外と知られていないのが実情です。外科医が不足しているのも、目指したいと思える理想像が描けないのが一因かもしれません。