そして、こうした一連の施策は、働く人にどういうメッセージを伝えてきたのだろうか。働く人を尊重し、少々、経営状況が悪くなっても働く人の雇用を守る。また育成投資を行い、人材としての価値を高めた人を評価し報い、企業経営の根幹としての人材を本当に大切にする企業というスタンスを伝えてきたとはとても言えないだろう。一部の企業を除いて、人材を重視しているというメッセージが聞こえてきたことはあまりなかった。

企業と人との関係は、基本は交換関係である。なかでも重要なのは、経営学が「心理的契約」と呼ぶ関係である。企業から大切にされていないと感じ続けた人材は、企業のために頑張って価値ある人材になろうとはしなくなる。例えば、現在多くの企業で、ミドルマネジャーになりたくないという人が増えており、それも一つには企業を信頼しない働き手のまっとうな反抗だと考えられる。こうしたことも、起こりつつある人材不足の底には潜んでいるように思う。

今、求められる本気モードの「人視点経営」とは

今、必要なのは、本気モードの人視点経営である。間違えないでほしいのだが、人視点経営とは「雇用」を守ることではない。人材を尊重し、育成投資を行い、能力を伸ばした人には、人材としての価値を評価してきちんと報いることである。言い古された表現かもしれないが、人材を単なる「労働力」や「人的資源」として考えるのではなく、ましてやコストダウンの源泉と考えるのでもなく、企業経営にとって大きな役割を占める資源を提供してくれるパートナーだと考え、彼ら・彼女らの能力を高め、意欲を引き出していく経営である。そのためには、例えば、ここしばらくお題目のように言われ続けてきたワークライフバランス、女性の活躍推進などに本気で取り組み、さらには高年齢人材、障害者人材などの活躍を支援することも必要である。こうした施策で、労働人口減少の影響が相殺されるとは思わないが、重要な方策である。

しかし、さらに重要なのは、働く人が高いモチベーションをもち、能力を向上させたくなり、チャレンジできる仕事に就きたくなり、また働くことを生きることのなかに上手く統合できる企業となることである。経済学の言葉を使えば、一人ひとりの生産性を上げるということになるのかもしれないが、私に言わせれば、人材を積極的に育成し、活用する企業になるのである。人の育成には時間がかかるし、意欲はうつろいやすい。簡単に言えば、今起こっている人材不足は、人材確保を重要な経営課題だと捉え、人の育成と活用を戦略的に行ってこなかったここしばらくの企業経営のあり方の問題点が表面化しているとも言えよう。今がトレンドを変える絶好のときである。

(大橋昭一=図版作成)
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