ただ、私は、こうした労働人口のトレンドだけが理由ではないように思う。こうした大きな流れとともに、過去25年ほどで企業の人材確保能力が大きく低下し、その結果として多くの企業では、経営に必要な人材の確保が難しい事態に陥っているのではないかと思うのである。その意味で、懸念すべきは単なる人手不足ではなく、「人材不足」と呼ぶべき事態なのである。

人材不足とは、単に人手が足りないという数的不足だけを意味するのではない。必要な場面で必要なスキルとモチベーションを備えた人材を確保できない、という質の問題である。したがって、人材不足は、成長を妨げ、ひいては事業運営そのものに大きな影響を与える可能性をもっている。実際、過去25年間、わが国の経営と人事管理のあり方は大きく変化し、企業の人材確保能力を毀損している。いくつかの例を挙げてみよう。

まず第一が、人件費削減に依存した経営である。例えば、正社員を、パートタイマーや派遣労働者などのコストの安い労働力で代替することによってコストダウンを目指す経営である。その結果、定型的な仕事を低賃金でこなす人材は確保できるようになったが、能力と意欲が高く、重要な仕事を任せられる人材の数が減った。また、同時に残った正社員については、仕事の拡大が行われ、これまでより多くの成果を期待され、労働が強化されてきた状況がある。なかには非正社員がやりきれない仕事を正社員に押し付け、正社員の長時間労働で事業を維持する企業も出てきた。なかでも労働負荷の増大という意味で代表的なのは、中間管理職である。多くの調査によると、ミドルマネジャーの多くは、現在、増加する負荷の下で、成果に追われると同時に、部下の育成やモチベーション管理など、企業の人材確保機能を果たすことができなくなっている。

第二が、企業内の育成環境悪化である。わが国企業の人材育成の基本は、今でも現場育成である。仕事の遂行を通じて、仕事を覚える。それが基本だ。だが、こうした現場育成は体系づけられたものではないことが多く、現場の状態や現場の上司に大きく依存する。言い換えると、状況が人の育成を可能にしない状態では、現場育成は機能しないのである。

ここしばらく企業の現場では、進捗管理が厳しくなり、現場の人員構成はいびつになり、また上記に述べたように中間管理職がマルチプレーヤー化するなかで、人材、特に若手の育成に時間と労力をかける余裕がなくなってきた。また、同時に選抜型人事の考え方が浸透し、集中的に育成投資を受ける人と、そうでない人が明確に分かれ、有能な人だけが育成の対象になるようになってきた。その結果、多くの人にとっては育成機会の減少が起こってきたのである。