現場の「意識」の高揚には、青梅工場時代の上司で、フィリピンの社長だった先輩から学んだことが、役立った。ずっと資材の調達部門を歩み、フィリピンでは人事や総務も担当したが、生産は技術系の社長がみた。でも、社長に何度も「言葉と紙で仕事が進む『調達民族』で終わるな。モノづくりを勉強しなさい」と言われる。

なるほど、と思う。いくら調達に通じても、生産現場がわからなければ、改革も限定的になる。考えて、社長が毎日、工場を巡回するとき、ついていくことにした。どんな点に目をやるか、どういうことを優先しているのか、イロハから吸収する。やがて、現場から「田中さんは変わった」と言われるようになる。あの3年7カ月がなかったら、プリマス工場の再建はできなかった、と思う。

プリマスでは、1本の生産ラインに7人が付き、長いラインに部品が42個も乗っていた。一人当たり6個は、明らかに過剰。あるラインの女性リーダーに、そう指摘した。でも、それで何が悪いのか、といぶかる。「もし神であれば、一度に6個でも扱えるが、凡人は常に1個しか触れない。7人なら、ライン上には7個しか要らないのだ」と説き、乗せる部品を減らし、ラインは切って縮めた。

翌日、彼女が飛んできた。「おかしい、生産量が落ちた。ラインを切ったせいだ。戻したい」と訴える。みにいくと、原因は別にあった。「子どもに自転車を与え、初日に転倒してけがをした場合、『危ないからやめなさい』と取り上げたら、その子は自転車に乗れない人間になってしまう。1度や2度の不安でやめてはいけない」と説き、「こことここ、それにここを直せば絶対によくなるから、やってみようよ」と指導する。

すると、2日後にまたやってきて、「ラインがよくなった」と喜んだ。経緯をみていた他ラインの面々も「自分たちも、ラインを縮めたい」と言い出す。縮めれば空間が増え、動きやすいし、能率も上がる。部品の整理もできた。