人材マネジメントの中核は「職能」から「職務」へ

もちろん、このことは、すべての正社員について、働き方や人材マネジメントのあり方を変更することまでは意味しないかもしれない。私的には、全員がもう少し家庭や人生で仕事以外の部分に目を向けるとよいと思うが、それも人によって、違うこともありえるだろう。

したがって、よく言われることだが、なかには、企業の必要と、働く側のニーズがマッチして、会社へトータルコミットし、家庭や個人生活を省みない人材がいてもよいし、逆に就業時間が終われば、それでさっと帰っていく人材がいてもいい。

ポイントは、正社員のなかにも幾種類かの人材タイプがあり、そうした人材を別々に人材マネジメントする仕組みを準備することだ。人事用語を使えば、正社員の働き方の多様性にどう対応し、多元管理をどう進めるかである。

だが、残念なことに、東京大学の佐藤博樹氏が中心となって行った調査(2003年)によれば、正社員内部に多様な雇用区分を設ける理由として、「労働時間や勤務日数の長さ(の違い)」を挙げる企業は数%程度であり、正社員内部に複数の雇用区分が設定されていても、労働時間はすべてフルタイム勤務であり、短時間勤務の雇用区分は想定されていないことが明らかになっている。

雇用管理の区分は、柔軟な働き方や労働時間を許容するために行われることではないようだ。

では、こうした正社員の働き方の改革や、正社員―非正規社員格差への対応、ワークライフバランス、若年層の早期退職などの対策として、企業における人の活用はどういう考え方に基づくべきなのか。

詳しい議論は省略するが、こうした動きは、これまでの職能を中核とした人材マネジメントから、職務の明確化を中心とした仕組みへの変化を必要とするとの主張に繋がっている。職務をきっちりと定義すれば、それに見合った働き方を期待し、労働時間や給与を決定することができる。さらに、育成のあり方もかなり細分化、標準化することができるからである。

だが、こうした変化は、日本の強みとされてきた長期のコミットメントや、人の能力の伸長に基づいた人事管理を減退させてしまうかもしれない。ここでも、新しい問題を解決するために、以前の強みについての難しい判断が必要になる。

紙幅が尽きてしまった。そこで最後に、私のゼミ生の事例を紹介して終わろう。一昨年、極めて優秀な学生で、私の授業でも、約300人中1番の成績をとった才媛がいた。彼女は周囲の「もったいない」という声を尻目に、「私、結婚もしたいし、子供もつくりたい。でも、会社の仕事もマジなんです」と言いつつ、ある証券会社の地域限定職に応募し、内定をもらい、喜んで就職していった。

未来は案外、希望がもてるのかもしれない。

※参考文献
Hayashi, Fumio and Edward Prescott, “The 1990s in Japan: A Lost Decade,” Review of Economic Dynamics, Vol.5, No.1, February 2002, pp.206-235.

(尾黒ケンジ=図版作成)