大動脈瘤は徐々に大きくなる

米倉さんのケースが悔やまれるのは、恐らく、突然腹部大動脈瘤ができて破裂したのではなく、徐々に大動脈瘤が大きくなったと思われるからです。直前には強い腹痛もあったはずです。しかも、体への負担が少ない血管内治療の普及によって腹部大動脈瘤の治療は、私が心臓血管外科医になったときには考えられなかったくらい安全になり、早期に発見して破裂する前に治療すれば、命を落とすことがほとんどない病気になりつつあります。

皆さんもみぞおちからへその辺りにかけて腹部と背中に手を当ててみて、脈打っているこぶのようなものがないか調べてみてください。腹部大動脈瘤の大きさと位置によっては、自分で腹部に手を当てただけでこぶがあるのが分かります。万が一、こぶのようなものがあるようなら、循環器内科や心臓血管外科がある医療機関へ行き、腹部超音波検査を受けることをお勧めします。こぶが小さければ手では分からない場合もありますので、50歳以上の人は、一度腹部超音波検査を受けて大動脈瘤がないかどうか調べておきましょう。

大動脈瘤は自然に消えることはなく人によっては徐々に大きくなっていきます。大動脈瘤が小さいうちは定期的に検査をして経過をみますが、一般的には、一番太いところが胸部大動脈瘤で5センチ以上、腹部大動脈瘤であれば4センチ以上になったら、少ないながらも破裂の危険があるので経過観察をしながら治療を検討します。

腹部大動脈瘤の治療は、最近では、血管の中から治すステントグラフト(金属ばね付きの人工血管)治療が主流になりつつあります。この治療法では、足の付け根の辺りに局所麻酔をし、そこから細いカテーテル(管)を患部へ挿入し、ステントグラフトを大動脈瘤の内側へ入れ破裂を防ぎます。腹部大動脈瘤に関してはステントグラフト治療の効果と安全性が確認されており、開腹して人工血管を挿入する手術より安全で合併症が少なく、入院期間も3~4日で済むのが大きな利点です。

私が教授を務める順天堂大学附属順天堂医院心臓血管外科でも、この2~3年、腹部大動脈瘤のステントグラフト治療の症例数が増えてきています。大動脈瘤の場所と大きさによっては開腹手術が適している場合もあるので、最適な治療を安全に受けるためには、ステントグラフト治療も開腹手術もある程度症例数がある病院で治療を受けることをお勧めします。ステントグラフトの実施施設は日本ステントグラフト実施基準管理委員会のホームページ(http://stentgraft.jp/pro/facilities/)で調べられます。

もちろん米倉さんを責めるつもりはありませんし、心よりご冥福をお祈り申し上げます。ただ、日々心臓と大動脈の病気と闘っている心臓血管外科医として、事前に治療すれば防げた心臓や大動脈の病気で命を落とす人が、1人でも減って欲しいと願うばかりです。

天野 篤(あまの・あつし)
順天堂大学医学部心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。
(構成=福島安紀 撮影=的野弘路)
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