豊かな意思疎通が安全意識を起こす

社長になって1年半の2011年1月、北九州市の社員研修センター内に「安全創造館」を開設した。鉄道事故の映像や写真、破損した部品などを展示し、「指差し確認」の重要性を疑似体験できる装置も置く。無論、毎年受ける安全研修のひとコマに使う。

映像などで事故の悲惨さを強調するのは、人形を使い、事故の怖さを訴えている自動車運転免許証の更新時にみる映像講習を参考にした。かつて「安全意識は眠りやすい」との言葉に出会った。意識を呼び起こすには、声を出し、動作するのがいい、と知った。それなら、「進行よし」「信号よし」「ドアよし」と、鉄道員たちが繰り返してきた「指差し確認」こそが、最も効果的だろうと考える。

経営では、利益の確保も大事だが、何よりも安全が優先なのは、言うまでもない。だから、社長以下全社員が毎年、安全創造館で研修を受ける。近年は、グループ会社で鉄道に関係する仕事をしている面々も受け、「指差し確認」の疑似体験は1万人規模になった。

「安全」で思い出すのは、30年前のことだ。旧国鉄の大分鉄道管理局で、人事課長をしていた。人事課長は合理化など「職場の管理」を担い、労使交渉を主導するのが最大の任務で、「安全の管理」には直接関係しない。でも、安全は「職場の管理」で最も大切な部分だと思い、職場の意思疎通をよくすることを重視した。

そのことを、わかりやすく伝えるために、駅長や助役に支給されていた「手当」を引用した。いずれも1万円か2万円だったが、彼らに「この手当は、実は、靴代です。職場をどんどん歩いて回り、みんなと触れ合う。あるいは、街を歩き、地元の人々と交流を深める。そうやって、よく歩くことが管理職の仕事で、手当は靴底がすり切れたら買い替えるためにあります」と、何度も繰り返す。30代になったばかりで、相手はかなりの年上だ。いま思えば、偉そうなことを話していたと、恥ずかしい思いがするが、安全第一とコミュニケーションを大切にすることが仕事の原点となる一歩だった。

2013年10月15日に誕生した豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」は、乗って楽しめる数に限りがある。でも、メディアが注目し、いろいろな特集を発信してくれて、「ななつ星が走っている九州へいってみよう」と訪ねてくる数が増えた。テレビで「ゆふいんの森」など九州の様々な特急列車も紹介され、利用者が続く。そうした観光列車の収入は、「ななつ星」自体で得ている額より、5割も多い。九州各地の観光地も元気になり、様々な「味自慢」や「匠の技」の発信も続く。

九州全体の観光を象徴し、「九州を元気にしよう」との思いを込めて、「ななつ星」には「in 九州」を加えて命名した。この6月に会長となり、自由に使える時間が少しは増える。「九州を元気にしよう」の試みを、まだまだ、積み重ねていく。一つ、一つは小さな歩みでも、積み重ねていけば「飛必高」となるはずだ。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
【関連記事】
最終局面で重ねた「不謀於衆」 -JR九州会長 唐池恒二【1】
九州旅客鉄道(JR九州)社長 唐池恒二 -なぜJRは九州まで「元気」なのか
JR東日本「A-FACTORY」誕生の軌跡
JR西日本が「セブン-イレブン」と提携した理由
JR九州社長 青柳俊彦 -「信じられない」社長就任