聞き手を話の登場人物に仕立てる問いかけ術

さて、こうした物質と報酬、贅沢品で自分の地位を主張する社会について、ボトン氏はわかりやすく言い換えている。

「アウグスティヌス聖人におもしろい名言があります。『地位で人を判断するのは罪である』。現代の言葉で言い換えると『誰と会話をするかを名刺で判断するのは罪である』というわけです。地位なんてどうでもいいから、人を判断するのはちょっと待て、という事です。誰かの本当の価値なんて知る必要はなく、知らざれる部分なのです」

人生に失敗したり、失敗について考える時、私たちが恐れるのは収入や地位を無くすことだけではなく、他人の判断や嘲笑でもあるだろう。ボトン氏は「その最大の嘲笑の機関が現代新聞だ」としている。たとえばタブロイド紙が西洋芸術の悲劇をニュースとして扱うとしたら物語の骨組みをどう掴むのか見るために、「サンデー・スポーツ」というゴシップ新聞のデスクに見出しを組んでもらったという。この芸術を私たちの日常のタブロイド版のタイトルにするとどうなるか……通俗の活字ではなるほどな内容なのでみてみよう。

「私が『オセロ』(*1)について語ると、物語を知らなかったけれど面白がったので、物語の見出しを書いてくれるよう頼みました。それは……“愛に狂った移民 上院議員の娘を殺害”という見出しでした。『ボヴァリー夫人』(*2)のあらすじからは“買物中毒の姦婦、借金地獄に砒素を飲む”と書きました(笑)。彼らはある種の天才です。私のお気に入りはソフォクレスの『オイディプス王』(*3)です “ママとのセックスに盲目となり……” (笑)」(拍手)

研究者が生涯をかけて研究する文学『ボヴァリー夫人』を、タブロイド紙の記者に捉えてもらうという(ともすれば研究者に叱責されそうな)視点、聖人アウグスティヌスの言葉を、現代風に解釈してみる発想。これによって、ボトン氏の哲学的な思考は、私たちの日常におもしろく密着する。遠くの高尚な話が一気に身近な話に変わったが、ここで「同情のスペクトルの一方にタブロイド紙があり、もう一方に悲劇や悲劇芸術があります」と、一義的な物の見方に疑問を投げかけることで、さらに聞き手を惹きつける。

私たちはメディアなどに影響を受け、自分が何を求め、どんな風に事象を見るのかを植え付けられている。銀行員が信頼される職だと言われれば銀行家になりたい人が増え、銀行家の信頼が落ちれば 銀行家への興味も薄れるなど、暗示にかかりやすい。ボトン氏は、「成功の哲学」についてこうまとめている。

「成功した人生を生きるという発想は、私たち自身のものではなく、他人に植え付けられたものです。男性は主に父親から、女性は母親から。自分が望んでいると思ったことが、旅の終わりに来て『本当は違う』と気づくのは不幸です。成功したい思いが本当に自分自身のものだと、確認をすることです」

自分にとっての利害や身の回りの問題に関係があることが、聞き手が一番興味を持つものだ。さらには、どんなに高度な話であっても、聞き手がその話の“登場人物”となりえるつながりを生み出すことで、聞き手の関心を最大限に惹きつけることができるのである。

[脚注・参考資料]
TED 「親切で、優しい成功の哲学」アラン・ド・ボトン Filmed Jul. 2009

*1: 『オセロ』はウィリアム・シェイクスピア作の四大悲劇のひとつ。ヴェニスの軍人であるオセロが、旗手イアーゴーの策略にはまり、妻デズデモーナの貞操を疑い殺すが、のち真実を知ったオセロは自殺する。ボードゲームの「オセロ」の名前は黒人の将軍「オセロ」(=黒石)と白人の妻「デスデモーナ」(=白石)と、この戯曲に由来する。

*2: 『ボヴァリー夫人』はギュスターヴ・フローベールの小説。田舎の平凡な結婚生活にうんざりした若い女主人公エマ・ボヴァリーが、不倫と借金の末に追い詰められ自殺するまでを描いた作品。文芸誌『パリ評論』に掲載されたのちに風紀紊乱の罪で起訴されるが無罪になり、出版されるやベストセラーとなった。

*3: 『オイディプス王』は古代ギリシャ三大悲劇詩人のひとりのソポクレスが、紀元前427年ごろに書いた戯曲で、ギリシャ悲劇の最高傑作としてあげられることも多い作品。男子が父親を殺し、母親と性的関係を持つというオイディプス王の悲劇は、フロイトが提唱した「エディプス・コンプレックス」の語源にもなった。

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