2014年8月15日(金)

独占告白! 袴田秀子さん「冤罪で『死刑』にされた巖の心的外傷」

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PRESIDENT 2014年9月1日号

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死と隣り合わせの耐え難い恐怖

現在は浜松市にある秀子さんの自宅で暮らす。

自宅に来て1カ月あまり、外出したのは、散髪に行くなどの2回きり。また拘置所へ連れ戻される、との思いがよぎるのでしょうか、あとは家にこもったままです。来訪者があっても、

「何か用事があるんですか。私はあなたに用事はありません」

と言ったり、小中学校の同級生が訪ねてきても理解できていない。

「袴田巖は無実であって、もう決着がついている」

などと、長期間の拘禁の影響が残り、まだおかしな言動があります。でも、これは仕方ありません。48年間も囚われの身だったのですから。そんなふうになったのは、死刑が確定してからでした。それまでは面会に行くととても元気で、こちらが励まされるくらいだったんです。

80年に最高裁で上告が棄却され死刑が確定したあとのことです。いつものように面会に行くと、

「隣の部屋の人が処刑された。みんながっくりしている。『みなさんお元気で』と言って消えてしまった……」

巖はそう言って愕然としていました。処刑を身近に感じ、それからおかしくなってしまいました。死と隣り合わせの耐え難いほどの恐怖が迫ってきて、だから、自分で「神」と名乗り防御するようにしたのだと思います。

妄想とともに、軽い認知症とも診断されています。今すぐに治るものではないでしょう。慌てずに少しずつよくなっていけばいいと思っています。48年間かけてこうなってしまったので、48年かけて治していきたい。私はそのくらいのつもりで覚悟を決めています。またいつか、お友達を巖が笑顔で迎えられる日が来ることを信じています。

実は、巖の立場はまだ「死刑囚」のままです。再審開始の決定はなされましたが、検察が即時抗告をし裁判がいつ始まるか不透明です。裁判所と検察、弁護団の三者協議もこれからです。1日も早く無罪判決を出していただき、本当の意味で巖の肩の荷を降ろしてあげたい。そうなれば、巖も健康を取り戻せるかもしれません。

袴田巖さんの姉 袴田秀子 
1933年、静岡県浜松市生まれ。33歳のときに起こった袴田事件で、実弟の巖さんが逮捕され、後に死刑が確定。以後、独身のまま巖さんの救済にすべてを捧げてきた。
『袴田事件』(プレジデント社)
袴田事件

[著] 山本 徹美  

不自然な証拠、解明されないままの謎……にもかかわらず1980年袴田巌の死刑判決は確定した。48年間無実の罪で収監された日本史上最大の冤罪事件に迫ったドキュメント。絶版状態だった文庫版に新たに再審決定の経緯も加え、改めて世に問い直す。

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