苦境を打開するのは言葉ではなく行動

案の定、手付金を渡した時点で男性が死亡し、隠し子こそ現れなかったが、相続権利者は「契約を白紙に戻したい」という。遺産を金銭で受け取るより更地のほうが税金も安くなるかららしい。だが、こちらにしてみれば、何の瑕疵もない契約。話し合いでは決着がつかず、双方が弁護士を立てての法廷闘争となったが、残金を契約に従って支払うことで決着を見て、危機を乗り越えた。

ところが、いざ着工という段階になって、今度は周辺住民の反対に遭う。学童の登校に支障があるとか井戸水が枯れるというのが主な理由である。私が単身で住民説明会に臨み、幾度となく折衝を繰り返した。そこには、地元の中小企業経営者やサラリーマン、商店のおかみさんなどが顔を揃えている。海千山千の人たちを相手に、若輩の私が理屈で説得できるわけがない。

ここは、ひたすら誠意で当たるしかない。そうすればわかってもらえると決めた。おそらく、その態度が認められたのだと思う。さらに、何度も顔を合わせていれば情も移る。ようやく了承を得ることができた。ところが、おかみさんの1人が「ただし条件がある。香藤さん、あなたがSS所長で来るならいい」というのである。これには正直いって面食らったし、困った。しかし、最後まで誠意を貫き通すことにした。

私は「わかった。けれども私には夢がある。将来、日本のエネルギーの主流になるだろう石油業界で活躍したい。その夢を代償にして、このSSに骨を埋めろというならそうする」と切り返した。さすがに、何人かの人が、それは気の毒だと思ってくれたのだろう。この話は立ち消えとなり、建設に取りかかれた。忘れられない経験で、私はそこで苦境を打開するのは言葉ではなく行動だと身をもって知ったのである。

香藤繁常(かとう・しげや)
1947年、広島県生まれ。県立広島観音高校、中央大学法学部卒。70年シェル石油(現昭和シェル石油)入社。2001年取締役。常務、専務を経て、06年代表取締役副会長。09年会長。13年3月よりグループCEO兼務。
(岡村繁雄=構成)
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