一方で、ISILに資金提供してきたのがスンニ派国家の盟主であるサウジアラビアだ。シーア派勢力が中東に広がることを警戒するサウジの金持ちや政府はスンニ派過激派勢力のスポンサーになってきた。アメリカの大義のない戦争のおかげで、隣国のイラクがシーア派の国に塗り替えられたことにサウジは怒り心頭で、これをひっくり返そうとしてISILに陰で肩入れしているわけだ。

そこに輪をかけて事態を複雑にしているのが、イラク北部のクルド人自治区の動向である。イラクで暮らしている先住民族のクルド人の数は、約500万。彼らはイラク戦争後に北部で自治権を与えられて、同地域の石油権益も自分たちで押さえるようになった。さらに今回のISIL侵攻による国内の混乱で独立の機運が高まり、クルド人国家独立の是非を問う住民投票の実施に向けて動き出したのだ。

イスラエルのネタニヤフ首相は最大の敵はイランと見ており、シーア派のマリキ政権を牽制するために真っ先にクルド独立支持を表明した。一方、この一連の状況を苦々しく思っているのが中東の大国、トルコのエルドアン首相だろう。トルコには約1500万人のクルド人がいる。もともとはトルコ南部、南東部に多かったが、今では“霜降り肉”のようにトルコ全域にクルド系住民がいて、トルコ経済にも深く入り込んでいる。長らくクルド独立運動に悩まされてきたトルコとしては、(石油で豊かになった)イラクのクルド人に惹かれて、(比較的貧乏な人が多い)トルコのクルド人が結託して独立国を建設することを一番恐れているのだ。

両国のクルド人はすでに国境をまたいで交易を重ねていて、たとえばイラクのクルド人自治区の工事をトルコのゼネコンが請け負ったりして交流は活発である。

イラクのクルド人自治区が住民投票を経て独立を宣言した場合、国際社会はこれを認める方向に向かうだろうが、トルコは猛反発するだろう。隣にクルド人国家ができたら、その3倍もいるトルコ国内のクルド人への影響は計り知れない。エルドアン首相は国境検問を厳しくするなど警戒感を強めているが、今後、国内のクルド人を締め付ける状況になれば、トルコ・クルドの一部はテロリスト化し、それを石油権益で金持ちになったイラク・クルドが支援する構図が生まれる可能性もある。