理想を持ち続ける

ページのあちこちの蛍光ペンや鉛筆で線が引いてあり、20代の僕が興奮して手に取り続けたのが伝わってきます。著者の岡本太郎は、芸術家として「日本の芸術を変革する」という夢を持ち続けた人物です。長いフランス留学からの帰国直後に中国戦線に出征した彼が本格的に活躍を始めたのは戦後であり、すでに30代半ばになっていました。当時の写真を見ても「オジサン化」とは対極的な風貌と表情をしています。

この数年間、僕はこの本から遠ざかっていました。たまにページを開いてみても、「熱い理想論ばかりで息苦しくなる」と感じてしまうからです。そんなことよりも、録画してあるお笑い番組を観ながらのんびり晩酌したいな……。完全にオジサン化していますね。

でも、この文章を書きながら軌道修正したいと思いました。1日の終わりに休息をするのはいいけれど、理想を捨ててはいけない、と。

かつて僕は「よく生きるとはどういうことなのか。取材と執筆を通して考えて表現し、自分と読者を同時に救う」という志を立てました。壮大なテーマですよね。だからといって、社会人大学院に入るとか修行僧になるといった道は僕の場合は「逃げ」な気がします。挑戦しなくてはいけないのは目の前の仕事(例えばこのコラム)だからです。自分のために、前掲書をもう一度引用して終わりにします。

<「いまはまだ駄目だけど、いずれ」と絶対に言わないこと。
“いずれ”なんていうヤツに限って、現在の自分に責任をもっていないからだ。生きるというのは、瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。
過去にこだわったり、未来でごまかすなんて根性では、現在を本当に生きることはできない。(中略)人間がいちばん辛い思いをしているのは、“現在”なんだ。やらなければならない、ベストをつくさなければならないのは、現在のこの瞬間にある。>

大宮冬洋
1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。ビジネス誌や料理誌などで幅広く活躍。著書に『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)、共著に『30代未婚男』(生活人新書)などがある。
実験くんの食生活ブログ http://syokulife.exblog.jp/