私の郷里、鹿児島の偉人である西郷南洲(西郷隆盛)は「己れを愛するは、善からぬことの第一也」という言葉を遺しています。これは、自分自身を愛することは、一番よくないことだという意味です。

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稲盛和夫と日本の歩み

ビジネスにあてはめれば、事業がうまくいかなかったり、失敗したりするのは、自分自身を大事にしすぎるからということになります。リーダーとして立派な仕事をしようと思うなら、私心を挟まず、人間として正しいことを正しいままに行うことが大事です。事業を行うリーダーが、「自分が金儲けをしたい」「自分に都合のいいようにしたい」という考えであっては、従業員や部下から信頼され、尊敬されるはずはありません。

だからリーダーには、集団をまとめ、集団を発展させていくための自己犠牲を厭わない「無私」の心が求められます。それができる勇気を持った人でなければ、よいリーダーになることはできません。会社がちょっと軌道に乗り始めるとすぐに傲慢になってしまう経営者や、役職が上がるにつれ、威張るようなリーダーでは、社員や部下の心は離れていきます。

地位や名誉、金といった利己の欲望を抑え、集団のために謙虚な姿勢で尽くすこと。「無私」の心を持ったリーダーであれば、部下は尊敬し、こちらから叱ったり褒めたりしなくても自らの考えで動くものです。人を動かす原動力は、公平無私なリーダーの姿ですから、自分を磨き、人格を高め、尊敬されるようになれば、リーダーの指し示す目標に向かって、従業員はリーダーと一体となり、自然と努力してくれるようになります。

私が日本航空の再建を引き受けたときのことですが、従来、傲慢だといわれていた経営幹部に、リーダーのあり方について徹底的に教育しました。さらに私自身も羽田空港や成田空港の現場に出ていって、パイロットやキャビンアテンダント、整備士、空港の社員など、第一線で働く人たちに「お客様に接するときには心が見られているのだから、みなさんの接客態度によって、次にJALに乗っていただけるかどうかが決まる。だから一緒に頑張りましょう」と励ました。するとみんな、素直に受け入れてくれ、変わってくれたのです。