「眠りの謎」の解明に挑む

「動物はなぜ眠るのか。そして、なぜ眠くなるのか。まだ何一つ解明されていません」

こう語るのは、筑波大学教授で国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)機構長である柳沢正史氏である。

野生動物にとって意識を失うということは、いつ敵に襲われるかわからないリスキーなことだ。それなのになぜ、すべての哺乳類が一定の周期で眠るのか。よくある仮説は、脳が昼間得た情報を寝ている間に整理するというもの。しかしイルカのように右脳と左脳が交代で眠る動物もいることを思えば説得力に欠ける。

また、視覚や聴覚などの五感はすべて脳内の経路が解明されているが、「眠気」という感覚は段階的に自覚できるにもかかわらず、脳内でどのような経路をたどっているか、まったく解明されていないのだ。柳沢氏は「長い時間がかかっても、この謎を解きたい」と意欲を燃やしている。

IIISは文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラムに採択され、2012年に筑波大学内に設立された。各地にあるが、基礎研究から出発しているのはIIISが初となる。

「睡眠はうつ病・認知症などの脳の病気や、メタボリック症候群などの生活習慣病にも深く関わっており、医学的に重要な問題です。そして睡眠障害は居眠り運転や仕事上の重大なミスを誘発し、大きな社会問題にもなっている。睡眠と覚醒の制御機能を解明できれば、こうした問題の解決につながると期待されています」

柳沢氏が睡眠研究の道に分け入ったのは、脳の外側視床下部で「オレキシン」という脳内伝達物質を発見したのがきっかけだった。ここは脳の中でも食欲を制御する場所だったことから、最初のうちは食欲をコントロールする物質ではないかと考えていた。そこで遺伝子組み換えでオレキシンのないマウスをつくって観察したところ、エサを食べる量が減ると同時に、いきなり眠り込む「睡眠発作」を起こすことがわかった。