「総務相は重要閣僚で、当選4回の菅さんの起用は大抜擢ですよ。菅さんは市議の経験を踏まえて、地方の充実ということが一番の基本でした。変な駆け引きはしない。真正面からいろいろなことを衝いてくる。きわめて印象深い人だった。度胸もある。役人を上手に動かしたと思う」

菅総務相時代、総務省の事務次官だったのは、旧総務庁出身で、橋本行革のときに中央省庁等改革推進本部事務局次長を務めた松田隆利(退官後、法政大特任教授)である。06年12月に成立した地方分権改革推進法の制定の舞台裏を述べる。

「分権改革推進法は菅さんの悲願だったけど、霞が関は地方分権にはみんな反対ですね。自治が実現したら、自分たちの中枢的な機能はなくなるから。いろいろな抵抗があったけど、菅さんは法案をつくって出した」

松田はもう一つ、自然災害などの緊急の財政需要に対して財源不足を補うために地方自治体に交付される特別交付税の問題を指摘した。地方交付税の総額の6%で、07年の特別交付税の額は9000億円余であった。

菅の下で総務副大臣を務めた大野松茂(元狭山市長。元衆議院議員。現埼玉県産業教育振興会会長)は、菅と同期初当選の仲間である。

(時事通信フォト=写真)

「これは総務省の財政局でだいたいのことを決めて、事務方が国会議員の先生方に、いわば撒いて回るわけです。予算が成立すると、何県はこうなるとやるわけですが、菅さんは『なんの相談もなく』と怒った。『みんな撤回してこい』と言って、やり直させた。議員のところを回って全部、撤回です。こういう例はあまりないのでは」

菅はライフワークと位置づける地方分権、総務省が引き受けた5000万件の年金処理、郵政民営化の実現、ふるさと納税制度の創設などに精力的に取り組んだ。だが、安倍首相が07年9月に突然、退陣する。菅の総務相も在任1年で終わった。

自民党は2年後の09年9月に野党に転落した。それから3年近くが経過し、谷垣禎一総裁(現法相)の任期満了が近づいてきた。