2014年5月30日(金)

サラリーマンのための肉食案内 ~ランチ編~

dancyu 2012年5月号

文・遠藤哲夫 撮影・岡山寛司

新橋「ニュー新橋ビル」vs 有楽町「交通会館」
ランチの殿堂、肉料理の魔境へ潜入!

食欲が暴れるランチタイム。かじった歯の間から口中にあふれる肉汁の旨味を思い起こせ。労働した身体に心地よくしみわたる肉汁の旨味。疲れた身体が熱く蘇る。これだよ、肉の醍醐味。いくぞ、肉ランチ。目指すは、JR新橋駅西側そばのニュー新橋ビルとJR有楽町駅東側そばの東京交通会館だ。コストパフォーマンスをめぐって、食べる側からも提供する側からも鍛え抜かれた、価値ある肉ランチがあるところ。

朝からぎっちり働いてきた者だけ、食べる資格がある「むさしや」のハンバーグ丼700円。でっかい煮込みハンバーグに、ライス、ナポリタンまで揃うハイカロリー。だが、午後もバリバリやるならば、このくらいのエネルギーは必要だろう?

ニュー新橋ビル1階の「むさしや」は、カウンターのみ8席。座った客の背中とビルの通路が暖簾で仕切られているだけの、屋台のような造りもそそる。12時15分前、すでに8人の行列。12時5分前、行列は15人に増えた。見事に男だけ。食うぞ! という顔つきが、頼もしい。同じ頃、地下1階の「牛かつ おか田」にも行列ができていた。いずれもガッツリ満たされる肉ランチが人気なのだ。

「むさしや」の店主は「うちは時代と逆行しているかも、なにしろ高カロリーだからね」と高らかに笑った。この場所で戦前から菓子屋を営んでいた。戦後の高度成長期、本格フレンチの修業を積んだ叔父さんの、料理にチーズやバターを贅沢に使うレシピを引き継ぎ、食堂に転換した。ハンバーグ丼、名前は「丼」だが、狭いカウンターだけゆえ、すべてワンプレートにタップリ盛り。肉厚の煮込みハンバーグもデミグラスソースもコクが違う。思わずソースとめしを混ぜてガツガツ食べる。

30秒でバリッと揚がった「おか田」のビフカツは、噛めばすっと歯が通る衝撃の柔らかさ。この牛ロースランチかつセットが1200円で食えるのは、ある種の奇跡だ。ソースで一口、わさび醤油にちょんとつけて一口とやるうちに、でかいカツがみるみるうちに消えていく。

「おか田」はどうか。東京では珍しい牛かつの専門店だ。入り口のドアに「30秒で揚がります お待たせしません」。店主は「揚げ物は時間がかかって待たされるというイメージがあるもので」と言う。

厚みのある牛肉をレアの状態で揚げたかつ。この旨さは、工夫した衣にまぶして30秒で揚げてこそよいのだが、それが早く食べたい客の欲求にも合致し、行列で待つことになっても人気であるという、実に店にとっても客にとっても幸せな肉ランチなのだな。舌にまとわりつくレアの官能的な旨味に酔い、ランチ値段で、心身ともにとろける大満足。午後の労働より満ち足りた眠りが欲しくなる危険が迫る。いやあ、肉の力はスゴいな。

ドッシリした昭和の面影を残すビル、交通会館は1965年、ニュー新橋は71年の完成だ。どちらも戦後の闇市とバラック飲食街の跡地に建っている。「安い、旨い、早い」実質的なサービスが、戦後すぐから渦を巻きからみ合い熱気を帯び、続いている場所なのだ。それでは、交通会館へ行ってみよう。

肉の大きさに“肉屋直営”の説得力が宿る「大正軒」の豚ロース生姜焼き+メンチカツ定食950円。もともとは常連客の裏メニューだったが、正式にメニューに載せて以来、注文が急増したという。

地下1階の「キッチン大正軒」は、ビル完成当初から、ここで営業。肉屋直営であり、隣で肉の販売もしている。人気は、大きな切り身の豚生姜焼きに、フライ類などを1品組み合わせた定食だ。組み合わせを、メンチ、鶏からあげ、ヒレカツ……と、日替わりで楽しめるぞ。豚生姜焼きは、程よい厚さで、かじるとあふれる肉汁がタレと混ざり口中に広がる。牛もいいが、やっぱり豚もいいねえ。

テーブルが1台あるが、L字9席のカウンターに座れば、見るからに旨そうな「おとうさん」が目の前でつくっている。おとうさんに聞いたところでは、注文から遅くとも5分以内には出さないといけないそうだ。常連は食べるのも早いし、食べっぷりもよいとか。高カロリーなんのその、よく食べ、よく働く。そういうリーマンの姿を見ていると、「気取るな、力強くめしを食え!」を掲げる68歳の俺も元気がわき、生姜焼きをガブッ。

もちろん男だけじゃない。新橋の本社に勤める知り合いの30代女子はバリバリの営業職だが、忙しくて時間がないときはココと教えてくれたのが、座って注文すると30秒後には五百数十円のハンバーグ定食が出るという店だった。昼、労働する食欲があふれる街で、肉ランチは大いに活躍している。

ご馳走さま。新橋だろうと有楽町だろうと、オヤジも若者も、肉ランチで暴れる食欲を鎮めたリーマンは、午後の労働へと向かう。やるぞ、肉ランチの力だ。そうありたいね。

※メニューと価格は掲載当時

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遠藤 哲夫