愛してやまない「春霞」

鉢に植えてある山椒が繁ってきた。隣に置いてある紫陽花の若葉さえ、うまそうに見えるが、たしかこれには毒があると聞いているので、食べてはならないぞ、と言い聞かせる。

山椒の若芽は摘みとったその瞬間から強い芳香を放ち、食欲を増進させる。さっそく、玉子豆腐に乗せた。もっと葉を採れるものなら、茹でたホウレンソウを加えて、すり鉢で擦って、タケノコとあえたいところだが、いかんせん鉢植えなので丸坊主になってしまう。

八百屋をのぞくと、ワラビやコゴミなど山菜の類が出回っていた。もうしばらくすれば、ミズ(水菜)も手に入るだろう。

山菜で一杯、となると、「春霞」に限る。大曲の訪問先で、勧められるままずうずうしく上がりこみ、さらには杯を傾けながら、お話をうかがわせいただいた。その肴に出たのが、ミズを包丁で刻んで叩き、ねっとりとしながらもしゃきしゃきとした食感を残したものへニンニクのみじん切りを加えてぴりっとさせたのと、この地方名産で知られるジュンサイにおろし生姜であった。

根っからの厚かましさゆえ、遠慮などあったものではなく、しかも、その酒がこれまで口にしたことのない美味さ。香り高い山菜の旨味をさっと洗いながし、それでいてきっちりとアルコールである主張、いわゆる「ピン」が後追いしてくる。

時を忘れて、呑み、会話しているうち、奥方が、申し訳なさそうに、「お酒が切れてしまいました、もう、お店も開いていませんし、どうしましょう」と告げられた。なんと、一升瓶3本を空にしていたのだ。それが、地元で醸造されている「春霞」であった。

あれから30年。その頃は酒に対して失礼なふるまいなど厳に慎んでいたものだが、いまは情けない状態に陥っている。

愛してやまない「春霞」でさえ、あともう一杯、と伸ばそうとした手を、いやいや、と引っ込めてしまう。

醸造酒は2合まで。それを超えると、過酷なお仕置き、拷問が待っているのだ。