自分にしかできない仕事とは?

「いしかわミュージックアカデミー」という、世界の第一線で活躍する著名音楽家や指導者のレッスンを受けることのできる音楽アカデミーが金沢にあります。ベルリン・フィルの樫本大進氏やチャイコフスキー・コンクール優勝者のヴァイオリニスト、神尾真由子氏なども、このアカデミーの卒業生です。

アカデミーの講師で、数々の国際コンクールの審査員でもある昭和音楽大学の江口文子教授の、あるピアノレッスンでのことです。受講生が曲を弾き終わると、江口先生はしばらく黙って考え、そして言いました。

「なぜかしら。あなたの演奏を聴いて、私はひとりのピアニストを思い出しました」

そして先生は、あるロシア人ピアニストの名前を挙げました。その名前を聞き、受講生は驚いたように声を上げました。

「その方のレッスンを、つい先日受けたばかりです」

「あなたのピアノはとても上手です。よく練習しているし、それにあなたは素直な優しい人ね。でも、あなたは指導する先生の言うことをよく聞きすぎていて、自分の色がなくなってしまっている。もっと、自分の色を出しなさい。自分の声で歌いなさい」

「自分の色を出す」。これは、日本人は不得手とされています。企業においては、成功した競合他社のビジネスモデルを追いかけ、改良を加え、他社の色に進んで染まっているようにさえ思えます。

ある企業がユニークな商品やサービスを開発し、それがマーケットに支持されると、競合他社は競って同様のサービスを導入します。オリジナルの色を持っていても、他社が同じ色に染まれば、最初の色は目立たなくなってしまいます。これが、競うことでマーケットの魅力をたがいに打ち消し合っているという現実です。

どこでも手に入る商品やサービスを提供しても、印象には残りません。かわりのきかない存在になるためには、他社をベンチマークする以上に、企業も個人も自分の色をもっと強く打ち出していく必要があるのではないでしょうか。