旧ソ連時代、クリミアはロシア共和国の州

話を戻そう。首都キエフで親欧米政権が誕生すると、ウクライナ情勢の舞台は独立を宣言した南部のクリミア自治共和国に移った。歴史的な経緯から、ウクライナの西部、中央部にはウクライナ人が多く、東部と南部はロシア系が多く居住している。大まかに言えば長らくポーランドやオーストリア・ハンガリー帝国領だった西部はヨーロッパへの帰属意識が強く、東部と南部は親ロシアの傾向が強い。

クリミア自治共和国もロシア人とロシア語を母国語とするウクライナ人が人口の半数以上を占めている。それもそのはずで、旧ソ連時代、クリミアはロシア共和国の一つの州だったからだ。クリミア半島の黒海沿岸は昔からロシア人の保養地で、ロシアの大金持ちは皆、ヤルタに別荘を持っている。ところがニキータ・フルシチョフ時代の1954年、彼の出身であるウクライナ共和国に移管されてしまった。

クリミア半島南西部の街、セバストポリの軍港にはロシアの黒海艦隊が駐留している。直近で言えば、ウクライナはロシアに対して未払いのガス代の代わりに、セバストポリの軍港の使用期限を42年まで延長した。いわばウクライナとロシアは軍事同盟を結んでいて、日米同盟で米軍が横田基地と横須賀基地を使っているようなものだ。仮に日本で反米政権が誕生したとして、「横田と横須賀から出ていけ」と言われたら、米軍は出ていくだろうか。簡単に出ていくわけがない。

ウクライナ人の多くも、ガス代の抵当に差し出した軍港にロシア軍が駐屯するのはやむをえないと認識している。また、あまり知られていないが経済が破綻状態にあるウクライナから毎日ロシアに通勤している人が300万人もいるのだ。暫定政府にパスポートを破られたりして、出入国管理に何時間もかかるようになり、生活が急に成り立たなくなっている。暫定政府が経済を立て直さない限り、ウクライナ人のどん底生活は続き、国民の真の支援は得られないだろう。実際、ロシアに「出ていけ」と叫んでいるのはウクライナの人々ではなく、欧米諸国に扇動された(あるいは救済を期待した)跳ね上がり分子という見方も頭に入れておく必要がある。