ウクライナの救済に必要な額は13兆円

さて、ウクライナ情勢について少し整理しておきたい。紛争の発端は昨年11月。ウクライナとEUの関係を強化する政治・貿易協定の締結目前、親ロ派のヴィクトル・ヤヌコービッチ大統領が協定への署名を取りやめたことだ。背後にはロシアの圧力があったとも言われるが、ヤヌコービッチ大統領の強権的手法に対して、親欧米派の野党や市民が反発、首都キエフで大規模な抗議デモが多発し、倒閣運動へとエスカレートしていく。

今年に入ると、デモ隊と政権側治安部隊の衝突が繰り返され、キエフは騒乱状態に。政権側は大統領選挙の前倒しなどの譲歩案を示すも反政権デモの勢いは収まらず、身の危険を感じたヤヌコービッチ大統領は2月22日、キエフを脱出した。

その後、ウクライナ議会はヤヌコービッチ大統領を解任し、オレクサンドル・トゥルチノフ議長を大統領代行に選出し、親欧米の暫定政権が誕生した。

ヤヌコービッチ前大統領は逃亡先のロシアで「依然として自分が合法的な大統領である」と主張しているが、残された邸宅から放蕩ぶりを示す会計書類が見つかったり、今回のデモに参加した市民に対する大量虐殺容疑で逮捕状が出されたりしているので、再起はまずありえない。

一方の新政府の先行きも不透明だ。5月に大統領選挙と議会選挙を予定しているが、暫定政権の閣僚の中に極右勢力のメンバーが4人入り込んでいる。

実は反政権デモの先頭に立っていたのは彼らで、制服や旗など一目でそれとわかるアイデンティティを誇示して暴れ回っていた。それが政権打倒の功績として認められて、暫定政権で閣僚のポジションを得ているのだ。ロシアも芸が細かい。武装した極右勢力がデモで暴れている映像から、閣僚入りしているメンバーを特定して、「あんな(ネオナチのカギ十字のロゴを付けた暴力団まがいの)連中が、暫定政権の中枢に入っている。いいのか」と国際社会にアピールしている。

もう一つの懸念は、国家破綻間際といわれる財政問題だ。政府の債務残高は600億ドル(約6兆円)を超え、ウクライナ当局の発表によれば、財政を立て直すには、2年間で最低350億ドル(約3兆5000億円)の国際支援が必要だという。しかし、EUの見立てではウクライナの救済に必要な額は13兆円を下らない。つまりウクライナに手を差し伸べればもれなく13兆円の請求書が付いてくるわけで、欧米がウクライナ情勢に口は出しても手を出したがらない理由がここにある。

ギリシャ、スペイン、イタリアの財政危機が続いていて、東側から逃げてきた東欧勢まで不安定なときに、人口4500万人弱の大国ウクライナまで背負い込む余力はない――、というのがEUの本音だろう。現にブルガリアやルーマニアはEUが助けるべき順序は自分たちが先だ、とウクライナの救済に反対している。つまり経済支援に関してはEUも一枚岩ではない、ということだ。

ヨーロッパに輸出されるロシアの天然ガスの8割はウクライナのパイプラインを経由している。ウクライナとロシアの関係が悪くなると、このパイプラインを止められる可能性があるEUはそれも困るのだ。アメリカはシェールガスをEUにも輸出できるようにする、と言っているが、ドイツなどの専門家は時間がかかるうえに“高い”と見向きもしない。