都立病院である墨東病院に対する要求は当初から過剰だったという。

「『ガダルカナルの日本軍』に近い状況でした。地域唯一の中核医療施設でしたが、大学病院ではなく医師集めが難しかった。また約700床は私立大学本院の半分程度と、すべての診療科のレベルを高く維持するには困難な規模。それでも地域との連携で乗り切っていたが、2002年にERが開設され、三次救急の重篤患者だけでなく、一次・二次救急も担うようになり、パンクしてしまった」(上特任准教授)

G7諸国と比べると医師数は圧倒的に少ない

G7諸国と比べると医師数は圧倒的に少ない

病院の配置が人口に見合わないというのは全国的な問題だ。人口当たりの医師数が最も少ないのは埼玉県、茨城県、千葉県などの東京近郊の自治体。人口の急増に対して、公共投資がおろそかになっていたためだ。全国的には「西高東低」となっている。

「地域の医師数は地元の大学医学部の卒業生数に比例します。『西高東低』の原因は、大正時代までに創立された大学の多くが明治維新を担った西側にあるから。医学部や医師の遍在と政治は密接な関係にあるんです」(同前)

日本では80年代以降、医師数に応じて医療費は増えるという「医療費亡国論」が唱えられ、増員が抑えられてきた。しかし欧米では90年代に「医師数と医療費は無関係」という学説が一般的になる。以後、先進諸国は医師増員に踏み切ったが、日本は約20年間、医師数を抑制してきた。日本の100床当たりの医師数は世界でも最低クラス。米国の5分の1でしかない。

行政主導のセンターに患者は集まっても医師は集まらない

医師不足は明らかだ。なかでも搬送拒否の問題が起きた墨東病院や担当医が逮捕・起訴された(のちに無罪確定)福島県立大野病院事件など、産科をめぐる医師不足は深刻である。

上特任准教授は「日本の周産期医療はいったん壊れるだろう」と悲観する。

「医療事故に対して訴訟を起こそうという圧力は引き続き高まっています。第二、第三の大野病院事件は必ず起きる。産科医が病院を立ち去るという状況に歯止めがかからず『もう出産ができない』という状況に陥らなければ、世論は変わらず、政治も動かない」