後戻りできなくなる前に
病気の芽を摘む

山門 實●やまかど・みのる
日本人間ドック学会 理事
社会福祉法人三井記念病院
総合健診センター 特任顧問

医学博士。人間ドック健診専門医。1972年群馬大学医学部卒業。83年三井記念病院腎センター科長、91年同健康管理科部長、94年同総合健診センター所長兼任。日本人間ドック学会理事をはじめ、日本内科学会、日本高血圧学会、日本動脈硬化学会などの評議員。東京ミッドタウンクリニック顧問を兼任。

では、人間ドックにはどんな効果が期待できるのか。山門先生は「なんといっても、がんの早期発見が第一の役割。もう一つは、健康寿命の延伸です」と説明する。

「がんや脳梗塞、心筋梗塞などの生活習慣病は、ある程度までステージが進んでしまうと、元通りに回復することが難しくなります。病気を克服し、回復できるか否かという分岐点を、私たちは『ポイント・オブ・ノーリターン』と呼んでいます、その分岐点の手前で病気の芽を摘むことが、人間ドックの役割なのです」

その点で、最先端の医療機器を用い、高精度な検査が受けられる人間ドックは心強い存在といえる。「例えばがん検診の画像診断一つをとってみても、小さなフィルムに焼き付けたX線写真より、画像の拡大・縮小や明るさを調整できるデジタルデータの方が腫瘍を見逃しにくく、早期発見につなげやすくなります」。加えて、オプション検診でPET/CT検査を受ければ、全身の異常をくまなくチェックできる。

「直近の調査では、人間ドックにおけるがんの発見率は、男性で0.29%、女性で0.27%となっています。施設や受診者の年齢にも左右されますが、1000人中2人は何らかのがんが発見されるということです」

機器の高度化や、健診を効率化する新技術の研究も進んでいる。例えば、MRI(磁場共鳴画像装置)はテスラ(磁場の強度を示す値)が高いほど鮮明な画像を写し出し、動脈瘤などの異変を早期に発見できる。通常は1.5テスラのMRIが多いが、「3テスラ級のMRIを導入している先進的な施設もあります」と山門先生。

また、血中のアミノ酸パターンから将来のがんや生活習慣病のリスクを読み取るAICSと呼ばれる検査手法も開発されている。どんな検査を行えばよいかという絞り込みが容易になり、健診の効率化につながると期待されている。

事後指導こそが
健診のメーンディッシュ

進化する現代の人間ドック。しかし、「いくら最先端機器を用いた高度な検査でも、ただ受診するだけでは不十分です」と山門先生は忠告する。

「皆さん、血圧やコレステロールなどの数値が下がっているのかを真っ先に気にします。でも、本当に大切なのはその数値が、将来のどんなリスクにつながっているかを理解することです」

例えば血圧の異常は、脳梗塞や心筋梗塞という重篤な病気に直結する。正常値の範囲であったとしても、前年より値が悪化しているならリスクは高まっている。「正常値だから問題ない」わけではないのだ。

「人間ドックなら、医師が個別の結果を精査し、現状の生活を続けた場合にどんなリスクがあるのか、将来かかるかもしれない病気を『予知』して、受診者本人にじっくりと説明してくれます。専門家である医師が自分一人のために時間を取って、生活習慣改善のアドバイスを考えてくれる。この事後指導こそが、人間ドックの“メーンディッシュ”なのです」

もちろん、数十項目にもわたる検査項目を分析し病気のリスクを洗い出すには、半日かそれ以上の時間が必要だ。忙しさに紛れて、時間のかかる検査は後回しになりがち、というビジネスパーソンに向けて、山門先生はこうアドバイスを送る。

「保養地でのレジャーやスポーツなどを取り入れ、上質な時間の過ごし方を提案する施設も増えています。365日のうち1日は、ゆったりと健康に向き合う時間を持ってみてはいかがでしょうか。健康は、目には見えないけれど、決して失いたくない財産です。その財産を増やし、守るための投資として、人間ドックを前向きに考えてほしいですね」

自分の身体に向き合い、健康について相談できる生涯のパートナーを得る。そんな貴重な機会として人間ドックをとらえ直してみることが、健康管理への第一歩と言えそうだ。