出世は見込めず、そもそも会社の将来もどうなるやら。これからを考えるだけで、気持ちが滅入ってしまう――。ベストセラー『考えない練習』で読者から圧倒的な支持を得た名僧が、あなたの日頃の迷いに対して、考え方の筋道をわかりやすく説く。

近年の社会状況では「もしも会社が倒産したり、業績の悪化でリストラされたらどうしよう」といった不安がわいてくるのは、致し方ないかもしれません。こうした不安の奥にあるのは当然、「会社が倒産したり、リストラされたら嫌だ」との思いでしょう。その「嫌だ」の本質を探ってみることが、不安な気持ちに対する処方箋になるかと思われます。

まず、会社が倒産したり、リストラされたりすると「自分のこれまでの経験が無駄になってしまう」から「嫌だ」という意識が働くもの。転職するはめになったら、自分が今の会社の中で磨いてきた仕事のやり方や人間関係のスキルを、また一から築き直さねばならず、それが嫌だということです。

人は自分の投資に対する回収意識を持っています。たとえばパチンコにはまっている人は「これまでこんなにお金を使ってきたのだから、それを取り返さないと」と、さらにお金をつぎ込みます。そのことに少し似ていて、「これまで会社に(労力を)投資してきたのに、それを(成果で)回収できないのは損」だと思うのです。つまり「損をしたくないから、嫌だ」ということ。

また一方で「今の会社を選んだことは正しかったのだ」と思いたい心の働きがあり、これは仏教の観点からは「見けん」の煩悩ということになります。「見」は自らの「正しさ」に執着し、「自分は間違っていない」とかたくなに思い込んでしまう煩悩で、この場合、会社を選んだ過去の自分の正しさに執着しているのです。

つまり「倒産したり、リストラされたら嫌だ」と思う本質は、「損をしたくないという思い」と「過去の自分の正しさへの執着」。ちなみにこの2つは社会的に成功した人ほど強く、成功者はこれまでのスキルや過去の自分に対するこだわりがとくに強いといえます。言い換えればプライドが高いわけで、それが邪魔をして成功者は概して打たれ弱く、失業したりするとなかなか立ち直れません。

こうした本質を理解して、「そうか、それだから嫌なんだな」とわかれば、むやみに不安がることなく、たとえ転職することになっても、プライドに邪魔されたりせずに、前向きになれるでしょう。

月読寺住職・正現寺住職 小池龍之介
1978年生まれ。東京大学教養学部卒。正現寺(山口県)と月読寺(神奈川県)を往復しながら、自身の修行と一般向けに瞑想指導を続けている。『考えない練習』『ブッダにならう苦しまない練習』『もう、怒らない』など著書多数。
(構成=岩原和子 撮影=若杉憲司)
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