――親友、とよべる人がいますか?

たったひとりの親友、ってことはないけど、3人ですね。生活環境によって、この人には深夜に電話できるが、この人には無理とか、この人は土日オッケーとか、そういう物理的条件と、個性に合わせて、そのときどき、その3人のうちのひとりと会うような感じ。

――その3人の親友と、それ以外の友人との違いは何ですか?

話がおもしろいということでしょうか。それと、人によって「この話ができないと」というツボが違うと思いますけど、私の場合は、変な話ですが、下ネタが大丈夫なこと(笑)。(エッセイには)けっこうその3人の話を書きますね。私と、彼女たちの関心が合うんでしょうね。『その人独身?』に、「不倫でクーポン使う男」って書いたんですけど、あれはそのうちのひとりのことです。

――酒井さんにとって、友だちの大切さとは?

恋人との関係はわりと、ゼロからでも築きやすいですけど、友情はかなり時間がかかる。恋人を失うより、友情を失うほうがこわいようなところがあります。このしっくりした友情を失って、ゼロからまた誰かと関係を築き上げるなんて、ちょっときついなあと。子どものころって、たまたま、名簿順で隣の席だったとか、家が近所とか、単純な理由が多い。そういうことで仲がいいのを、友情だと思っている時期がありますが、それは誤解。大人になると、お互いに合う、合わないという、フィルターを経てきた関係でないと友情ではない。

友だちになるには、何か経験を一緒にするとか、ある程度、積み重ねていく時間がかかる。だから男女間のように、一目ぼれで親友になるってありえない。友情の大切さは、その辺じゃないですか。昔は、年代も同じ人しか友だちになれないと思っていた。この年になって、使える時間とか、経済的な環境が似ていれば、うんと年が離れていても友だちになれるということがわかってきました。

――若いときの「誤解の友情」から、さまざまなフィルターを通してふるいにかけて、落ち着いてくるのが20代後半から30代前半でしょうか。

そうですね。それ以降、大人の友情になってくると思います。私もそのころから、友人観が変わった気がします。経済的な環境が違うと、一緒に旅行するのも、買い物もつらいですしね。ヒルズ族の人たちが仲良しなのは、やっぱり話が合うからで、「フェラーリいいよね」っていう話ができる人どうしだとラクなんでしょう。そういう経済環境や家族環境の共通性って、友情の大きな要素になりますね。逆に、マイナスのポイントが同じっていうことでも仲良くなりますね。母親と仲が非常に悪いとか、親が死んでるとか。