田中さんのところには、当時コピーライターをしていた林真理子さんがいました。いまだから明かせますが、林さんのキャッチコピーは、凡庸という理由で書き直してもらうこともありました。ただボディコピー(商品説明の中長文)には非常に光るものがあった。

だから「あなた、小説を書いてみたらどうですか」と言ったら、「コピーライターとしてはだめでしょうか」と悲しそうな顔をしていたことをよく覚えています。でも、その半年後、林さんは『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でデビューしてベストセラー作家になっちゃった。やはり彼女は作家の才能に溢れていたんですね。

コピーライターと作家では視線が違います。コピーはエンドユーザーを意識して言葉を探さなきゃいけない。一方、小説家は自分の考えていることを書くわけで、それが結果として読者にウケればいいというスタンスです。

ビジネスで意識するべき文章は当然、前者。自分の思いを書くとしてもつねに第三者を意識することが必要です。

また、企画書やコピーで光るものを書きたいのであればエンドユーザーを意識することが肝心。自分の上司や役員など社内の人ではなく、最後に商品を使ってくれるエンドユーザーを意識するのです。もちろんエンドユーザーに目をとめてもらうためには表現やアイデアそのものの独創性も肝心です。個性のあるものは、それだけで目を引きますから。

最近はメールの発達など物事を伝える手段自体は多様化している。ところが言葉のほうは紋切型の表現が目立ち多様性を失っている印象があります。多様性がないところには独創性もない。まずは紋切型の表現をやめて、自分の言葉を探すところから始めてみると、人の心に響く文章が書けるようになるのではないでしょうか。

辻井 喬
1927年、東京都生まれ。東京大学卒業。元セゾングループ代表。本名の堤清二として実業界で活躍。91年に経営の第一線を退いた後、作家活動に専念。93年に詩集『群青、わが黙示』で高見順賞、94年に小説『虹の岬』で谷崎潤一郎賞を受賞するなど詩人・作家として受賞多数。
(構成=村上 敬 撮影=小原孝博)
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