――友人関係でも男女関係でも、「謝って欲しい」という感情ってありますよね。とくに女性はそれが強いような……。

それはダメだと思いますよ。謝られたい、という態度は最悪ですよね。なぜそう思うのか、僕にはわからない。謝って欲しいというのは、自分が正しく相手が間違っていた、ということを相手に認めさせたいという気持でしょう。

でも視点とか観点が違えば正義はいくらでもありますから、無駄なんですよ。いくら謝っても果てがない。誰も本心で謝っているどうかなんてわからないですしね。人を謝らせることは、人間関係にヒビを入れることになります。自分が正しくて人が間違っていると言いたがるのは、愚かで、甘えた行為だと思います。

それにしてもみんな自分がどうにもならないことで悩みすぎですよね。誰かが誰かをどう思うかとか、自分が誰かにどう見られるのか、とか。そんなことコントロールできないことなんです。なぜ雷は鳴るのかとか、どうして雲は白いのか、と同じで、どうにもならないことなんだから、放っておけばいいんですよ。

――男同士だと、幼馴染のふたりが地位が変わってもずっと友情が続くといった話がありますね。あれは幻想じゃないでしょうか。

最近聞いたんですが、(故)橋本龍太郎元首相と、作家の安部譲二さんは、小学校の同級生だったんですね。かたや刑務所に入り、かたや総理大臣という両極端の人生ですが、仲がよかったそうですよ。作家みたいな自由業だと、社会での地位は関係ないのかもしれない。結局立場が変わっても友情が続くかどうかは、地位とか収入とか階級なんて、つまらないことだと思えるかどうか、ですよね。

女性20代から30代は移行期ですから、対人関係もがらっと変わるのでしょうが、「去るものは追わず」で、人生を楽しんでいればいいんじゃないかな。一人の人間をしばり、自分のものにすることは、結婚していようが、仲のいい友だちだろうが、絶対にできないことです。

人間同士の付き合いでは、自分にとっての適正な距離感をはかることが大事だと思う。夫だって他人だし、子どもの人生だってその子のもので、自分の思い通りにはならないわけですから。