我々の海外でのマーケティング活動が本格的に始まったのは1957年、アメリカ・サンフランシスコに販売会社を設立してからだ。今でこそ営業利益の6割を海外市場で挙げているが、当初は醤油とはほとんど無縁の土地での新規開拓である。まさに自ら顧客をつくり出す必要があった。アメリカのスーパーマーケットに醤油を置いてもらうのにも苦労したし、そこで売り上げを維持していくのも大変だった。1週間ごとの売り上げが低ければ、即座に「いらない」といわれてしまうからだ。

我々がやったのはインストア・デモンストレーション。法被(はっぴ)姿でスーパーの店頭に立ち、七輪のような電熱器で醤油に浸した肉を焼いて楊枝に刺し、お客様に試食してもらうのだ。「天然の大豆・小麦を発酵させてつくった調味料です。おいしかったら買ってください」と勧めていく。

私も留学時代(キッコーマンに入社後、米コロンビア大学経営大学院に留学して修了)の夏休みなどにアルバイトで手伝ったが、朝から晩まで10時間くらい、食事の時間以外はずっと立ちっ放し。まだ若いから何とかなったが、きつかった。当初は、「人前でそんなことをして失礼じゃないか」と怒られやしないかとヒヤヒヤしたし、試食はしても、1割くらいのお客様しか買ってくれないのではないかと危惧していた。

しかし、僕が何十回、何百回とお客様を相手にした中で、怒ったのはたったの一人だけ。

僕の感触では、食べた人の半分くらいは買ってくれた。かなりの高率だったと思う。お客様はすぐ目の前で食べるから、その顔色を見れば、気に入ってくれたかどうかは一目瞭然。これはいけると思った。

(10年8月30日号 当時・社長 構成=西川修一)

楠木 建教授が分析・解説

アメリカのスーパーで、法被姿でデモンストレーションをやったというキッコーマンの茂木氏。

立ちっ放しできつかったというが、アメリカ人に醤油を使わせてその反応を見るのは、きっと面白かったに違いない。

面白いと思って続けているうちに、いろいろなアイデアも思いつく。動き出しもしないで「これは無理だな」と思ったらやり抜けないわけで、結局、「やってみる」ことがやり抜くための最初の一歩なのである。

一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS)教授 楠木 建
1964年、東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。2010年より現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『戦略読書日記』。