三木氏は、やはり08年3月期決算説明会のスライド資料を例にとった。ソフトバンクモバイルの07年度の純増契約数が前年度の70万から268万に急増していることを、ドコモやKDDIが減少していることとともに、色分けした棒グラフで一目瞭然に示している。

「(ドコモ、KDDIと)差が埋まっているということを、棒グラフだけでなく矢印でも示して、見る人の右脳に、増えているんだな、というイメージを持たせます。それと、これも孫社長のプレゼン資料の特徴なんですが、グラフの右側に大きく余白をとって、『前年同期比+3.8倍』と青い文字で示して、言葉でもメッセージを伝えている。とにかくグラフにしたうえで、いいたいことを1シート・1メッセージで絶対に入れろといわれます」

三木氏は、「何度でも提案して孫社長のサンドバッグになるというのが社長室長時代の私の仕事でした」と明るく笑う。

「何か提案すると、『違う!』『そんなのはだめだ!』とボコボコにされる。3日ぐらいすると、『いいことを思いついた』といって、私が提案したのと同じようなことを話し始めるときもありました」

時間を置くことによって、孫氏の頭の中で、いわば化学変化が起きるのであろう。サンドバッグ役がそれを支えている。

上戸彩らが出演する「白戸家」などのテレビCMの仕掛け人である栗坂達郎ソフトバンクモバイル執行役員は、孫氏へのプレゼンで問われる要諦として、主観ではなく客観的なデータを、形容詞よりも明解な数字によって裏づけることを挙げる。三木氏が挙げた例と相似している。

「『すごい』という形容詞は、お前さんには90点だとしても、俺にとっては60点かもしれない。だから『このプランはすごいから絶対やるべきです』という説明は意味がない──そう指摘されます」

そして、「自分の意見に固執するのではなく、顧客の視点に立つこと」を最も重視する、と栗坂氏は結論づけた。

都内の家電量販店でのiPhone3G発売記念セレモニーの壇上に立った孫氏は、「きょうからケータイ業界の新しい歴史が始まる。この感動と興奮を、1人でも多くの方に提供したい」と誇らしそうに宣した。しかし、その瞬間、ソフトバンクにとって、iPhone3Gの発売はもはや過去の一事となった。次の新しい歴史のために、部下たちはいまも孫氏のサンドバッグになっている。

(大沢尚芳=撮影)