しかしコメと違って、これによって自給率(カロリーベース)が低下するわけではない。現在の日本の畜産業は、飼料の原料を輸入トウモロコシに依存しており、畜産物の消費が増えるとカロリーベースの自給率が低下する構造になっている。「飼料」という原料で輸入するか、「肉」という完成品で輸入するかの違いがあるだけで、自給率への影響は「中立」だ。

果実や野菜などの関税はすでに低く、むしろ輸出増加のチャンスだ。ただし、これは消費者にとってはデメリットとなる。輸出の拡大は国内価格を下支えし、円相場にもよるが輸出価格と均衡する形で、リンゴなど海外で人気があるフルーツの価格は値上がりするからだ。

TPP交渉が決着すれば、工業品の分野で先行しているサプライ・チェーン、バリュー・チェーンの発想が、確実に農産物分野にも浸透する。生産、流通、食品加工、中食・外食産業は一体化し、競争は激化し、関連企業の大規模な統合が進み、「カーギル」のようなアグロ・コングロマリットが、日本でも商社を中核にして形成されるだろう。

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TPP加入→食生活の「米国化」「ファストフード化」進むと……

食生活の面では、経済格差が進むのと同時並行的に「十分なコストをかけて食生活を楽しむ層」と「食生活を重視しない層」の分解に拍車がかかる。残念なことに、貧困層にとってこのような選択の幅は一層狭くなる。食生活の米国化によって、ハンバーガーなど安くて高カロリーの食品への依存が高まり、劇的に肥満が増え、平均寿命が短くなる事例はすでにハワイやグアム、沖縄などで観察されている。

中期的には大都市を中心に、キッチンがないか、あっても冷蔵庫と電子レンジを置くスペースしかないマンションが当たり前になってくるだろう。こうした影響も視野に入れた「TPP対策」が必要になるだろうと予測している。

ジャーナリスト・共同通信社編集委員兼論説委員 石井勇人
1958年、岐阜県生まれ。東京大学文学部卒業、共同通信社入社。ワシントン支局駐在、経済部次長等歴任。著書に『農業超大国アメリカの戦略』、共訳に『通商戦士:米通商代表部(USTR)の世界戦略』。
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