2014年3月7日(金)

イイダコ――飯が詰まったメスが人気だけれど、オスは安くて旨い

dancyu 2012年4月号

福地享子=文
【つくり方】
イイダコは、目玉、くちばし、墨袋ほかの内臓を取り除き、塩でもむ。圧力鍋に、イイダコ6パイ、にんにく3片、トマトピューレ1カップ、白ワインやオリーブ油、塩各適量を入れて、20分ほど煮る。数時間置いて、味をなじませてから食べる。

初冬から春、店頭に登場するイイダコ。メスは産卵期になると、頭、ほんとは胴体だけど、そこに卵がぎっしり詰まってくる。卵は生のおりには透明だけど、加熱すると笑っちゃうほど、飯粒そっくりになる。そこでイイダコ。飯のことを古くは「いい」とも読んだのだ。

イイダコは、店でしきりに働いていたころは、苦手なひとつだった。どんなに大きくなっても、頭から足先まで20センチほど。でも料理屋さんが好むのは、もっとこぶり、果物の金柑みたいな頭のヤツ。それを形をそろえて86パイとかいってくる。ザワザワした店頭は数に集中するには最悪で、やっと53までいくと「オハヨウ」なんて声がかかり、脳味噌の数え回路はたちどころに遮断。やり直しにイライラキリキリ。注文先へ届き、多いぶんにはおとがめなしだが、少なければ、苦情の電話だ。小さいタコだとて、一丁前に墨は持っており、それがしつこいのなんの。爪のなかまで真っ黒になった手を見て、何度ため息ついたやら。

晴れて料理屋さんに届いたイイダコは、姿のままで炊いた“桜煮”が、代表的な料理。圧巻は、頭(胴)を裏返し、卵が見えるように炊きあげる“花飯だこ”だろうか。ぎっしりと卵が立ち、花のように見える。飯粒のような卵は、硬めに炊いたご飯みたいで、なんとも滋味。

とまぁ、イイダコは卵あってこそ。だが、自分用には、オスを使う。卵を持たないから、地方によっては「スボケ」と、バカにした呼び名があるけど、それでけっこう。卵を持たないぶん、身は食べ応えがあり、値段は半分近くなのだ。

そのスボケ君でよくやるのは、ナポリ風溺れダコ。目玉を包丁のさきで削るように落とし、足の間に隠れているくちばしをとる。そして、頭を裏返して内臓もろもろを抜くまでのお掃除がたいへんだけど、あとは簡単。圧力鍋に、にんにく、オリーブ油、トマトピューレ、白ワイン、塩を入れ、スボケ君を横たえ、20分ほど煮る。できあがりは、トマトソースに溺れたスボケ君である。このソースがいいんだなぁ、タコの香りがプンプンして。パスタをこれで和えると、ちょっとナポリ気分。欧米では、旧約聖書の言い伝えで、デビルフィッシュ、悪魔の魚とされているが、トマトソースに溺れた姿に、さぞや快哉(かいさい)を叫んだことだろう。

築地には、佐賀県などからの入荷もあるが、やはり瀬戸内産が、姿もよく、値もいい。瀬戸内海を囲む地では古くから食べていたらしく、弥生時代の小さな、イイダコ専用としか思えないタコ壺があちこちで出土している。古代人は、どんな料理法で食べていたのかしら。太古へのロマンをも誘うイイダコである。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

福地 享子

かつて女性誌の編集者、その後、築地の鮮魚仲卸「濱長」の看板ネエサンとして大活躍。現在は築地の書庫「銀鱗文庫」役員。ここを拠点に、築地を走り回っている。