難攻不落の技術を生んだ怪物

マツダ商品本部主査 猿渡健一郎 
1965年生まれ。87年マツダ入社。一貫してパワートレインの開発に携わり、2009年よりアクセラ(マツダ3)担当主査に。

ロータリーや赤いファミリア以外にも、「4WS(四輪操舵)、フルタイム四駆といったホームランはあった。しかし、いずれも単発で終わってしまったのです。会社の中で組織の横断もなければ、次のヒットにもつながらなかった。現実として、いまはみな消えてしまっているわけで、こうした単発ではダメ。やはり、大切なのはつながりです」と社長の小飼雅道。

商品開発責任者の猿渡健一郎は言う。「10年ほど前から、フォードが離れていくのを不安に感じる部分があった。フォードはブレないけど、日本人はどうしてもブレるから。ところが、03年に井巻久一さんが社長になったとき、フォードの社長時代の02年に始めていた(ブランドメッセージの)“Zoom-Zoom”をやめなかった。このとき、マツダはやっていけると、開発現場の一員として思えた」。

つながり、継続性が見えてきた中、低燃費ガソリンエンジンである「スカイアクティブG」の開発が、先行開発部門の中で立ち上がったのは05年。欧州のCO2規制が強化される見通しとなっていたため、待ったなしの状況だった。

当時はパワートレイン先行開発部長だった人見光夫(現在は執行役員)が「物理の法則に従えば、やれる!」と号令をかけたが、チームの“ノリ”は鈍かった。

というのも、人見が目指すテーマが「高圧縮比エンジン」だったからだ。ガソリンエンジンが世に出て130年。高圧縮比化は、何人をも寄せ付けない技術領域だった。挑戦した技術者は数多かったが、成し遂げた者はいなかった。

圧縮比とは、エンジン内燃室(シリンダー)における、最大容量と最小容量との比率を表す。シリンダー内で上下運動するピストンが、一番上の位置にあるときの容量は最小になり、逆に一番下のときの容量は最大となる。単純に圧縮比が高いほうが、生み出される運動エネルギーは大きくなり、理屈としては出力が向上する。燃費性能は高まり、CO2排出量も削減できる。

一般のガソリンエンジンの圧縮比は10(1:10)程度。これよりも高められないのは、ノッキングが起きるためだった。高温高圧下では混合気が自己着火してしまうのが、ノッキングの原因である。