2011年5月10日(火)

中国の家族は なぜ別々の舟で逃げるのか

日本の商人を支える、家族や地縁、共同体への意識

PRESIDENT 2011年4月18日号

著者
石井 淳蔵 いしい・じゅんぞう
流通科学大学学長

石井 淳蔵

1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2008年4月より、流通科学大学学長。専攻はマーケティング、流通システム論。著書に『ブランド』『マーケティングの神話』『営業が変わる』などがある。

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流通科学大学学長 石井淳蔵=文
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リスク分散する中国、家族一緒の日本

私の前々回の時論(http://president.jp/articles/-/1660)では、わが国の小商人が家族を軸にして経営を行っている姿を素描した。それに関連して、前回の加護野忠男氏の時論(http://president.jp/articles/-/3711)では、家族は経済の重要な基礎ユニットになるのではないかという問題提起があった。私も、同感で、現に家族のありようがその地域・その国の経済のありように大きい影響を与えていると思う。家族という文化の影響は、1000年単位に及ぶ深いものなのだ。今回もそれらの話を受けて、わが国の家族の大事な性格を明らかにしよう。

さて、中国や台湾や韓国といった東アジア諸国を旅された方は気づかれるだろうが、日本にもましてそれらの国々の小商人は活気に満ちている。そこを歩くと、大声でお客さんと掛け合いをしている店主に出会う。その地を訪ねるたびに、私の地元である大阪の庶民的な商店街や小売り市場、あるいは博多などで立ち並ぶ屋台の姿と重ね合わせて見てしまう。そして、文化は、香港から上海、台北、そしてソウル、釜山、博多、大阪と、東シナ海や日本海を隔ててもつながっていることを実感する。まさに一衣帯水である。

このように、家族で店を切り盛りする小商人、そしてそれらの小商人が構成するまちの姿は似ている。しかし、その姿は、実は表面的でしかないのではないかと私は思っている。時間を経て、まちの変容や、まちを構成する商人の変容を見ると、きっと違っているはずだ。目に見えない家族の絆における違いが、東アジア諸国と日本のあいだに存在する。こんな寓話から始めよう。

戦争が起こり、家族4人が命からがら川岸まで逃れてきたとする。そこには、舟が4艘あって、そこまで逃れてきた人が三々五々、それらの舟に乗る。さて、どうする。

こんな問いを、中国の商店街調査に行ったとき、当地で成功しているレストランチェーンの経営者から受けた。そして、その経営者は、「一つの舟に家族全員が乗るのは、そもそも理に反している」と言う。なぜなら、その舟に万一のことがあれば、家族全員が死んでしまう。一方、家族4人が1人ずつ分かれて舟に乗ると、どれか一つの舟がやられてその家族が亡くなっても、他の家族は生き延びる。「われわれなら、4つの舟に4人分かれて乗る」という。

その話の後に、子供たちを海外の異なる国に留学させる、他国で働かせるという話が出てきた。子供たちを、自分たちの手元、つまり中国に置かず、他国に遣るというのは、そうした考え(リスク分散)によるのだという(中国は一人っ子政策のはずなのに、不思議な話だが)。

リスク分散は理解できるし、家族存続の面で考えると理に適う。だが、私たちが、そうなったとき、そうするだろうか。そうはならない。たぶん家族全員、同じ舟に乗る。

「死ぬも生きるも家族一緒」という気持ちは、私たち日本人の感覚に合う。そう思うと、「家族が一人でも生き延びれば」という考えは、中国的に思える。そのオーナーは実際、その寓話を用いて中国人の考え方を話されたのだ。

中国の家族と日本の家族の違いを、こう割り切って理解してよいかどうか難しいが、実際の両国における商業活動を見ていると、そんな違いが根本のところにありそうに思えてくる。



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