2014年1月10日(金)

サヨリ――春のイメージだが、冬から旨いすし種の上物

dancyu 2012年3月号

福地享子=文
【つくり方】
三枚におろしたら、薄く塩をして昆布で挟んで数時間置くだけ。淡白な白身に、ほんのり昆布の旨味がしみ、上品な味わいに。細工しやすく、クルクル巻いて盛りつけた。あり合わせの野菜を添えて、サラダ仕立てで。

築地市場、つむじ風が発泡スチロールの破片を舞いあげていく。

「春一番か。すごい風だねえ。だけどアタシの若いころは、この風で、江戸前のサヨリが湧くって言ったもんだよ」

春の嵐に大時化(しけ)模様となった東京湾、その波もおさまると、決まって江戸前のサヨリが大量に入荷した、と小物屋の大旦那。小物屋とは、築地独特の呼び名で、すし種や天種が専門の店をいう。

「コハダが終わって、アジにはまだちょっと間がある、キスもその先ってころ。光物といえばサヨリでね、売ったねえ」

すし種の光物として、サヨリは小物屋にとって大切な商売物のひとつ。コハダ、アジ、カスゴ、キスと光物はいろいろだが、繊細な味わいのサヨリは、上物の種として位置づけられている。

「あのな、光物ってのは、見た目、光ってるってこともあるけど、塩と酢で締めるのが基本。コハダがそうだろ。サヨリだって締めた。締めたサヨリは細工しやすくってね、昔の職人は、からくりずしなんていって、わらびや網代、いろんな形を工夫したもんだよ」

尾っぽ部分を残して、肩先からくるくる巻けば、わらびの形。竹で編んだ魚籠のように編めば、網代。そうやって、職人たちは春の息吹を、握り、という小さな世界にこめた。

「ま、小僧のころの話だよ。なんだかねぇ、今を思うと夢のようだよ」

フウッと大旦那のため息がこぼれた。

春一番。今のサヨリはそんな風を待つなど、悠長なことはいっておれない。

サヨリを仕分けていると、ときおり細い藻がからみついている。岸辺近くでいくらでも見られる藻。サヨリは、そんな藻の生える浅海ならどこでもとれる。だから、鹿児島から宮城まで、季節を追って入荷するので、途切れるのは盛夏のいっときだろうか。ことに厳寒のころ、横須賀沖であがったカンヌキとも呼ぶ特大サイズのそれは、身も締まり、値もとびっきりなら味も極上。そもそも春は、産卵のために藻場に群れるので豊漁になる、というだけで、味的には冬から早春まで、といっていい。

サヨリを性悪女、と言ったのは、剽軽(ひょうきん)なすし屋の親方だっけ。背を銀色に輝かせ、嘴(くちばし)の先にはポッチリと紅。竹久夢二が描く女にも似たサヨリだが、腹を開けば、タールでも塗ったように黒い。見た目ではわからぬ腹の黒さに、性悪女と。でも、そこをこそげば、それはもう上品な白身。昆布で締めて、クルリと巻いてお造りの真似事などしながら、ふっと思う。結局、男って、弱いのよね、そういう女に。性悪女、それもサヨリの魅力のひとつかも、なんて。

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福地 享子

かつて女性誌の編集者、その後、築地の鮮魚仲卸「濱長」の看板ネエサンとして大活躍。現在は築地の書庫「銀鱗文庫」役員。ここを拠点に、築地を走り回っている。