カーン氏とプラチナ、根底で通ずるもの

2012年2月に日本人女性と結婚。それまであまり興味のなかった公園に行くようになったり、食生活が肉中心から野菜中心に変わったりと、奥さまの影響は大きい。

奥さまが自然や庭が好きなことから、2人で過ごす時間は公園に出かけることが多いという。人工的なイングリッシュガーデンではなく、人の手が入っていないありのままの自然の中で過ごすひととき。そうした時間をともに過ごすことが奥さまへの感謝の表現であり、自身のリラクゼーションにもつながっているのだろう。

では、記念日などの特別な日にはどんなことを?

「…やっぱり自然です(笑)。僕自身はものを贈りたい気持ちもあるんだけど、彼女に物欲がないのか、もしくはこだわりが強いのか、あまり欲しがらないのです」

「おかげで節約できます」とジョークを飛ばすカーン氏だが、贈り物のアイデアはすでに頭の中にある。

「インドにはジュエリーを普段から身に着ける習慣があります。じつは彼女もインド舞踊のダンサーなので、ジュエリーを贈るのもいいですよね。僕が選ぶとしたら、プラチナのものがいい。ゴールドはちょっとこれ見よがしというか、見て!いいでしょ!という主張が強い感じがする。プラチナのほうがしっとりとしていて、よりエレガント。絵画に例えると、西洋ではキャンバスにたくさん加えていくのが良い絵画だったけど、日本の絵画は逆に引き算の思考。引き算して結果的に残るのは、シンプルで洗練されたもの。私はそういったもののほうが好きなんです」

派手に主張することなく、しかしながらピュアな輝きが気品のある存在感を放つプラチナ・ジュエリー。派手な舞台装置や衣装に頼ることなく、シンプルに肉体表現を突き詰めるカーン氏の創作とどこか通ずるものがある。

創作のベースになるのは、おしゃべりと遊び

現在、カーン氏のカンパニーではつねに10近くのプロジェクトが進行しているという。ダンサーとして以外に、振付家や芸術監督としてかかわるプロジェクトもあるが、どんな創作においても、基礎がしっかりしていなくては新しい表現は創造し得ないという。

2014年にはフランメンコ・ダンサーのイスラエル・ガルバンとの共演や、英国ナショナルバレエとの共同プロジェクトが控える。また、2011年初演の「DESH」の映画化も計画中だという。

「僕たちの世代は基礎が不足している世代と言えるかもしれない。だからこそ、僕は伝統や反復を大切にする。これは両親から叩き込まれたことです。反復していく中でまったく同じことを繰り返すのではなく、少しずつ変えていく。そうやって新しいものを創造していくのが僕のスタイルです」

大規模なプロジェクトになると、準備期間におよそ2年を要するという。カーン氏の創作のプロセスが非常に興味深い。

「最初の1年は、共演するアーティストの方々と、スタジオに入らずにプロジェクトについてひたすらおしゃべりをする。子どもみたいに何でも話します。次に2年目の最初の6~8週間くらいは、特別な目的を設けずに、ただ集まって面白いことをやる。そこにルールはありません。僕らはプレータイムと呼んでいますが、子どもが遊ぶように自由に発想してプレーします。こうしたプロセスを通してお互いのことを分かり合う。その後、ようやくスタジオに入って創作スタート。これがだいたい3~4カ月です。創作の段階ではいったん大人になりますが、本番のステージではまた子どもに戻る。ステージでは決められたことを踊るというよりも、初めて踊ったかのような感覚を表現するのが大事。興奮や好奇心をつねに忘れないようにしています」