リアル白眉vs京大総長

【前野】伯楽面接は40分くらいでした。最初は共通の質問を訊かれて、後半は自分のことを。「前野さん、無収入だそうだけど、大丈夫なの?」と訊かれて「大ピンチです」と答えたら「崖っぷちだねえ」と言われました(笑)。なんか、リラックスしたかんじで、こっちのことを自然にいろいろ引き出してもらったかんじがします。

――総長からは何を訊かれましたか。

【前野】「前野さん、モーリタニアは何年目ですか」と訊かれて「3年目です」と言ったら、総長が、はっ、と顔を上げてこっちを見て「過酷な環境で生活し、研究するのはほんとうに困難なことだと思います。わたしはひとりの人間として、あなたに感謝します」と言ってくださったんです。自分がモーリタニアで研究していると話すと「うわー何それ、面白い、何してんの?」と言われるのが今までのパターンだったんですけど、初めて「感謝します」と言っていただいた。ああ……ここはちょっと違う、と思いました。アフリカで3年やってきて、ようやく総長の前まで辿り着いて、そのときに初めて労をねぎらってもらえた。ああ、ここに来て良かったと、苦労が報われたと感動しました。こういう感性を持っている人の下で仕事をしていきたいと思いました。

――ううむ総長すごいですね。ところで博士、面接のときの格好は? まさか、モーリタニアの民族衣装?

【前野】いや、スーツです。ただ、人生を賭けてひとつ仕込んで行きまして。眉を、白く、塗っていきました。「白眉」ということで。

――やらかしましたね。

【前野】ライバルたちに勝つにはどうすればいいか、考えました。たとえば100人並ばされて、この中で誰がいちばん白眉研究者らしいかとなったときに、眉が白ければそれは完全に白眉研究者だろう、ということに気づいてしまいまして。でも、やっちゃ駄目だろうという葛藤もあって。

――あ、葛藤はしたんですね。
「人生を賭けてひとつ仕込んで行きまして。眉を、白く、塗っていきました」(撮影・編集部)

【前野】はい。これで駄目だったら完全に路頭に迷いますので。でも、勝負、賭けてみました。面接前に秋田の実家に帰るときに、Amazonで舞妓さんとか歌舞伎役者が使う1500円の白粉(おしろい)を買いまして。実家の洗面所でいちど練習しました。鏡を見て「これはやっちゃいかんだろう」とも思ったんですが、ここは一世一代の勝負だろう、と。ただ、ネットで調べたんですけど、白眉って「全部が真っ白い眉」じゃなくて「白い毛が混ざった眉」らしく、それに合わせてまだらに白く塗って、より「リアル白眉」を目指しました。面接当日、京大のトイレで10分前に塗ってみました。

――伯楽や総長の反応はどうでしたか。

【前野】完全スルーでした……。伯楽委員も総長も、誰も突っこんでこなくて。まったく、反応がありませんでした。「京大、怖ぇ!」と思いました。

さらに恐ろしい話がある。後日、編集部が白眉関係者から聞いたところでは、かつて松本総長はこう言ったことがあるという。「白眉なんだから、誰かひとりくらい眉を白く塗ってくる人はいないもんかね」。京大、恐るべし。バッタ博士の企みは、すでに予想の範囲だったのだ。