宇宙や人類について学び、視野を広げていけば、個人の心配事や悩みも、また違った姿を見せてきます。そこには新たな希望も湧いてくるはずです。勉強をすれば、展望が開け、そこから希望の風が吹いてくる。その風はエネルギーにあふれ、爽快感に満ちている――そんな思いを賢治は「未来圏から吹いて来る透明な清潔な風」いう言葉に込めたのではないでしょうか。

最後は有名な「雨ニモマケズ」から。この詩で私が好きなのは、「アラユルコトヲ/ジブンヲカンヂャウニ入レズニ/ヨクミキキシワカリ/ソシテワスレズ」という一節です。

この詩は「デクノボー」のイメージで受け取られがちですが、この人物、じつは「よく見聞きし、わかり、忘れない」聡明さを持っているのです。外に自分をどうアピールするかには無関心でも、聡明にものごとを理解し、判断できる人間像がここにはあります。

大事なのは判断力です。東日本大震災と原発事故でも、事態をもう少しよくするためにできた判断があったはずです。個々の人々は必死に仕事をしていたのかもしれませんが、本当の意味での聡明さと判断力を持っていなかったように感じます。

「あらゆることを自分を勘定に入れずに」というのも大事なことです。自分の利益という意識が入ってくると、人間の目は必ず曇ります。そして、個々の利益が相克し、正しい判断が下せなくなる。それでは賢治のいう「本当の幸福」にはけっして行き着くことができません。いま世の中では総論賛成、各論反対という問題がとても多い。がれき処理なども、みんな「方向性としてはいい」という。でも、話が自分の身の回りの利益に関わってくると「私はいやだ」となる。自分というものを度外視して、客観的にものが見られる「デクノボー」のような人がもっと増えれば事態は変わると思います。

しかもこの人物、いろんなところへ駆けつけます。「東ニ病気ノコドモアレバ/行ッテ看病シテヤリ/西ニツカレタ母アレバ/行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ/南ニ死ニサウナ人アレバ/行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ/北ニケンクヮヤソショウガアレバ/ツマラナイカラヤメロトイヒ」、ひたすら人のために行動する力を持っているのです。

こういう人間が集まったときにできる共同性こそ、今後の社会に必要なものではないでしょうか。政治にも、ビジネスにも、同じことがいえると思います。この詩は日本人に与えられた宝みたいなものです。すべての国民が子供のうちから音読して記憶すべきだと私は思っています。

※出典:『かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば』(齋藤孝監修、朝日新聞出版)、『宮沢賢治全集』(全10巻、ちくま文庫)

(構成=柳橋 閑 写真提供=林風舎)
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