選挙の街頭演説を報じる新聞を見ると、たとえば「寒風をついて第一声」とある。大相撲なら、さしずめ「あすから夏場所」とあって、「ふれ太鼓が町をねり歩く」といった記事が季節感を盛る。私はこういった記事をコピー歳時記と呼んでいる。こういうふうにコピー化された私たちの生活を語るとき、新聞がどんなに役立っているか、だれしも周知の事実だろう。