海外で活躍しているわが国の人間の目は、いつも「本国」か、あるいは「本社」のほうをむいている、という。それは彼ら個々人の背中に「本国」とか「本社」とかいう、いわば共属対象が幻想として漂っているからだろう。共属的な人格論理とは、かかる同心円を描く共属構造に対応した共属的人格のことである。