95年の都知事選に私が立候補したとき、阪神・淡路大震災が1月、都知事選は4月だった。そこで掲げた公約は、公共の場所に非常用の発電機であるとか緊急食糧とか若干の医療器具とかを常備しておく。すべての電線は地下に埋設する。液状化しやすい軟弱地盤を作り変える。液状化させない技術を今の建築会社はみな持っているからだ。それらの政策を時間と資金を投入して実行し、同時に街の整備をしていこうと提案したわけだ。以降16年(青島氏4年、石原氏12年)たっているが、何ひとつ手がつけられてはいない。