さらにアメリカでは、スリーマイル事故よりもはるか以前の60年代に、クリーブランド郊外にあったEBRという高速増殖炉の事故で炉心が溶融してしまい、住民の避難を計画した。半径50マイル圏を避難領域として計算すると、そこにいるのは百万人。さあ、百万人をどうやって避難させようか、と思案している間に炉心溶融は収まり、すんでのところで避難は実行されなかった。ただし、そのときの数字がガイドラインとして今に生きているわけだ(今回は、米原子力規制委員会(NRC)が「2号機の核燃料が100%損傷し、放射性物質の放出が16時間続いた場合」を仮定して計算し、避難勧告を設定したと明らかになった)。

原子炉の設計に携わる者は、原子炉事故の過去の事例をすべて暗記し、同じ過ちを犯さないよう勉強をする。そのカリキュラムの「原子炉安全工学入門101」というコースが必修とされているが、その最初に出てくる事例がEBRの事故なのだ。